『鹿よ おれの兄弟よ』
神沢利子 文
G・D・パヴリーシン 絵
福音館書店
6~7年程前、神沢利子さんの講演会場で買い求めた絵本です。売り場にはあまたの神沢さんの名作が並べられていましたが、この絵本の題名に、何か掻立てられるような気持ちになったのです。
シベリアの、深い森に生きる「おれ」が、鹿狩りに行くお話です。
「おれ」は、鹿の毛皮で作った衣服をまとい、鹿の肉を食べて生きています。生きて、家族を養い、命を子孫につなげるため、「おれ」はひとり、カヌーに乗って鹿狩りに出かけます。
道中、「おれ」は黙々と鹿を探しながら、自然を見つめ、鹿のことを思い、先祖や子孫のことを思います。文章はすべて「おれ」の心が語る言葉になっており、物語というよりは詩を読んでいるような印象です。
「おれ」は、目をみはり、耳をすませ、森の生き物の気配を五感で感じながら、カヌーを漕いでいきます。「おれ」の心の声は、単なる独り言ではなく、大自然と対話しているようです。
この絵本は、閉じた状態で30センチ角と大型です。ページを開くと、描かれている風景の中に読者も入り込んだ感覚になります。
絵のG・D・パヴリーシンさんは、旧ソ連時代のハバロフスク市出身の画家です。
木の皮の一枚一枚・動物の毛の一本一本まで細かく正確に描かれていますが、全体的には淡い色彩で背景に余白が多く、無駄なものが描かれていません。ページいっぱいに描かれているわけではないのに、深い森の気配や川のひんやりした空気が読者の頬に流れてくるようです。画家の描写力に驚くばかりです。
この素晴らしい絵と、神沢さんの力強い文章が融合し、読み進めるうちに人間の気高い精神と鹿の神聖さがビリビリと伝わってきます。
私のご先祖のご先祖のそのまたご先祖・・・気の遠くなるほどさかのぼれば、「おれ」のような生き方をしていたはず。私が売り場でこの本を見た時、遠い「おれ」の血が掻立てられたのかもしれません。
森はコンクリートに、鹿革は化繊の服に、カヌーは自動車に。現代に生きる私たちはすっかり忘れてしまっているけれど、すべての人の細胞の中に残っている「おれ」の精神は、子どもたちにも伝わるはずと思います。
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