水のお城(5/6)

文・伊藤由美  

リンゴ王妃はおじけづきました。水晶玉はとても高い場所にあって、どの窓からも、とうてい届きはしなかったからです。
すると、うらない師は、奥の部屋からごそごそと、何かを取り出してきました。
「これをお貸ししましょう。どんな高いところへも届く魔法のなわばしごでございます。これを使って、天守塔の上の水晶玉を取り、湖に投げ捨てなさいませ」

「私にできるでしょうか?」
リンゴ王妃は、おずおずとなわばしごを受け取ろうとしました。
とその時、何を思ったのか、
「おお、そうだ! 大切なことを忘れるところだった」
と、うらない師が急に、差し出したなわばしごを引っこめて、代わりにリンゴ王妃の手を両手で、ぎゅっとにぎりました。
するとふしぎなことに、王妃の手は、さっと緑色にそまりました。

「普通の人間には、おいそれとふれることのできない魔法の水晶玉。でも、これで安心でございますよ。さあさ、早く帰って、あれを取っておしまいなさい」
「ああ、こわい。とても、できそうにない」
ふるえる王妃に、うらない師は、
「では、とっておきのおまじないをお教えしましょう」
と、ほほえみました。

「あなたが、これ以上はとうていたえていられないと思った時には、こう、おとなえなさい。アルセイダ・ダルムシュタ・ディドー! そうすれば、必ず勇気がわきますよ」
「アルセイダ・ダルムシュタ・ディドー、アルセイダ・ダルムシュタ・ディドー・・・」
リンゴ王妃は、けんめいにおまじないの言葉を覚え、なわばしごを受け取ってお城にもどっていきました。

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに