セムのつぶやきはサラの耳に届きません。
「あの時のアダとミルカのくやしそうな顔ったら! あたしはむねがすうっとして! あんなに得意で、幸せだったことはありませんよ。
だから、すぐに、『どうか、家の手伝いに来てください』って、あんたをさそったんです。病気のおとっつあんに、手伝いの男手を連れていけば、きっと、喜んでもらえるとも思ったしね」
あまりのことに、セムは、しばらく、口がきけません。
『あれが魔法ではなかっただと!? 娘っ子たちの気まぐれだっただと!? いやいや、そんなはずはない!』
セムは、やっと、言い返しました。
「そこが、おまえ、魔法だったんだよ! きっと、おまえには、きたないなりの兵隊が、生まれ育ちのいい、どこかの国の王子か、大商人のドラ息子に見えたはずだ!」
「いいえ。ちゃんと、きたないなりの兵隊さんに見えてましたよ」
と言ってから、サラは、ぽわっと、赤くなりました。
『きれいな青い目の、ハンサムな・・・』
という言葉を飲みこんだからです。
一方、セムは、どうにも、腹立たしくてなりません。
『ううむ、自分は、10年もの間、むだに、びくびくと、おびえ暮らしてきたっていうのか!?』
そんなセムのいらいらに気づかないで、サラは、こともなげに、言いました。
「ピカピカ、光って、きれいだけど、それ、魔法の指輪なんかじゃありませんよ」
「だったら、証明してみせるぞ! さあ、おまえ、何でも好きな望みを言ってみろ! かなえてやるから!」
サラは、思いがけない夫のはげしい言葉に、びっくりしてしまいました。
「あたしは、何も、望みなんかありませんよ。おまえさんがいてくれれば、それでいいんですから」