「いえね、こいつは、いそうろうしていた家でボビーって呼ばれていたんですよ」
ボクはまだふるえていた。頭が混乱していた。
だって無理やり袋から引っぱり出されたボクは、やさしい腕の中にだかれていたからだ。
「オリンピオ、もう怖がることはないのよ。あたしたちよ」
奥さんらしい人がボクをだきあげてくれた。女の人の顔を見たとき、いくらか恐怖がしりぞいた。
こんなやさしそうなきれいな人がボクを殺すなんて考えられないもの。
「オリンピオったら、あたしのことおぼえてないの? やっぱりそうだったのね」
女の人は少し悲しそうに言って、ボクに頬ずりしてくれた。
「行方不明の猫の広告をバールで見つけたとき、すぐにボビー、いや、オリンピオのことを考えたんですよ。仕事先の家で毎日見ていたのでね。あの猫は足の先がちょっと白かったなって。でも、どうして家出なんかしてしまったんでしょうかね、お宅の猫ちゃん」
「哀れなオリンピオは、サッカーボールで頭を強く叩かれて、記憶そうしつになってしまったらしいんだよ」
ご主人らしい人が言った。
「オリンピオが庭のベンチで昼寝してたときにね。川の向う側の家の庭から勢いよくボールが飛んできて、オリンピオの頭の上にまともに落っこちてきたんだ。可愛そうに、死んでしまったと思ったねェ。すぐに獣医に来てもらったら、大したことではない、気絶しているから、目が覚めたら検査をしょうと言ってくれたのだが」
「意識を取りもどさずこんこんと寝ていて目が覚めないのよ。だからあたしたちは泉のそばのとても涼しいところに寝かせていたんだけど・・・オリンピオがとっても好きな場所なの。そして 、ちょっと目をはなしたすきにオリンピオがいなくなってしまったの。さあ、大変、もう大騒ぎになったの。でも、こうして無事に戻ってきてくれて・・・」
「めでたしめでたし、わたしらもうれしいですよ、お役に立てて。さあ、それではおいとましようか」
もと船乗りが言った。
「はい、これが約束どおりの」
「こんな大金いいんですかい? ありがとうございます」
二人の男は満足してげんかんを出て行った。
上の方から幼い子どもの声がした。
「マンマ、オリンピオがかえって来たの? どこにいるの?」
「そうよ、坊や、やっとオリンピオがかえって来たのよ」
あわい水色のパジャマの子どもは目をこすりながら、手すりにつかまって階段をおりてくる。
やがて子どもは小さな腕で力一いっぱいボクをだきよせてくれた。
「ボクだよ、ミルトだよ。きっと帰ってくると思っていたんだ」
夢の中で見たあの小さな天使だった。やっとボクたちは巡り会えたんだ・・・。
(おわり)