『旅の絵本』
安野光雅・作
福音館
本書との出会いは中学生頃でしょうか。
家から一番近い駅の商店街で買い物をした後、いつも立ち寄っていた本屋さんでたまたま見かけた繊細なタッチの風景画、と思ったらそれがこの本の表紙でした。
表紙をめくれば、美しい淡彩で描かれたヨーロッパの風景が次々と現れて、むしろ「絵本」というよりは「画集」という第一印象通りの内容に思われました。
ところが、よく読みこめば読み込むほど、この本が「絵本」であることがわかってきます。一見風景の脇役だと思っていた、細かく書き込まれた人物や動物、そして器物たちがとてものびのびと「お話」を語っているのです。童話の登場人物たちがいます。歴史上の有名な人物もいます。
そして、無名(?)の登場人物たちも楽しそうに生活をしています。遊んだり、けんかしたり、一緒に食事をしたり、まったく文字がつかわれていない「絵本」なのに、どれだけの数の「お話」が込められているのか、見ているだけでうれしくなってきます。
だまし絵や隠し絵が得意な作者の遊び心に乗っかって、木々の間に隠された動物達を探したり、「主人公」らしき旅人(とはいっても、馬に乗っていろいろな場所を移動していくだけなのです)がどこにいるのか、「ウォーリーを探せ」のように見つけるのも楽しいです。
見知らぬ土地を旅する一人の人物。彼(彼女)が何者なのか、どこから来てどこへ行くのか、今はまだ誰もわからない。ただゆったりと馬に乗り、村や町をめぐりあるく。そこで出会った数々の出来事、日常の風景達を記憶に残しながら、彼(彼女)の旅は続く。
あらすじは、多分こんな感じになるでしょうか。文字のない絵本なので、全ては絵で描かれている事を基にして、推測するしかありません。それだけに想像が創造できる幅が広く、絵本の読み聞かせ(実際には読むところが一切ないのですが)をするお父さん、お母さんたちにはお話力!の腕の見せ所です。
童話はわかりやすいけれど、いきなり、有名な建造物などがさりげなく描かれていたり、読み聞かせ前に、ヨーロッパのツアーガイド本を一読しておくとお話の世界が広がるかもしれませんね。
写実的な上に、優しい色合いの画風、現実に存在する物たちと童話の融合等、とても知的好奇心をくすぐられる作品です。
(ナークツイン さとうみえ)
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