傘を開けば
作:田村理江
カフェの玄関脇に置かれた傘立てに、小ぶりの青い傘が1本。
どうやら、昨日のお客様の誰かが、忘れていったようです。
昨日は日曜だったから、お客様がひっきりなしで、この傘が誰のものか、記憶にもありません。
「取りに戻ってくるかしら?」
その時のためにユナさんは、傘を干しておこうと考え、裏庭に出ました。
「今日は、良く乾きそうなお天気だこと!」
ところが、何分もしないうちに、雨がザーザー降ってきました。
ユナさんは、慌てて傘を取りこむハメに。
「気まぐれなお天気ねぇ」
通り雨らしく、すぐに止んだので、ふたたび傘を庭に干すと、また急に雨模様。
「おかしいわねぇ」
傘をしまったら、雨も止み、さしたら、ポツポツ降ってきて・・・、
その繰り返しです。
「もしかしたら、これは、傘のせいかも・・・」
ユナさんは、開いた傘をポカンと見上げました。
と、視界の片隅に、中学生くらいの眼鏡の少年の姿が、映りました。
「それ、ぼくが学校の宿題で作った『恵みの雨降らし傘』なんだよ」
クラシックなガウンスタイルの制服を着たこの少年を、確かに昨日、カフェで見た覚えがあります。
「理科でね、『地球は今、水不足』って習ったから、農家の人のために、作ってみたんだ」
少年は、制服のワッペンを、誇らし気にユナさんに、かざしました。
「ぼく、魔法学校に通ってるんだ。そうだ、おばさんの欲しい傘も作ってあげられるよ」
眼鏡の奥の意欲的な瞳を輝かせ、熱心に言うので、
「じゃあ、お願いしようかしら。開けば爽やかになる傘を」
ユナさんは半信半疑で、夢のような傘を注文してみました。
すると、3日たった雨の午後、少年が紫の傘を抱えて、やって来ました。
「出来たよ。開けてみて」
パッと開くと、傘の内側は一面のラベンダー畑! 花は優しく風に揺れ、甘い香りを振りまきます。
「素敵! ありが・・・」
言いかけた時には、もう、煙った庭のどこにも、少年の姿はありませんでした。