『悪童日記』のアナザーストーリー 作・田村理江
前の戦争の時とおんなじさ――おばあちゃんは言う。
「札束なんか役に立たん。金持ち連中はこぞって宝石を持ってきては、うちの食糧と取り換えていったんだ」
それって、80年前の話だろう?
でも、ぼくは見た。最近、身なりのいい町の人たちが次々に訪れて、おばあちゃんと何か取引をしてるとこを。
ほら、今日だって、シルクの服を着たご婦人が、戸口でオズオズしてる。ぼくに笑いかける。
「ぼうやはお孫さん? なんて綺麗な顔をしてるんでしょう。天使みたいだわ」
聞き馴れた挨拶に、唇の端だけ反応させ、ぼくはご婦人が期待したとおりの表情を作る。
おばあちゃんに「屋根裏へお行き」と追っ払らわれる前に、階段を駆け上がり、寝転んだままで粘土遊びを始めた。
器用に人形をこしらえながら、「ご婦人に何を渡すのか知ってるぞ」と思う。
解毒剤のカプセルだ。今度の戦争は化学兵器の応酬だから、生きぬくために薬は不可欠。そして運のいいことに、ぼくの家は代々、薬屋。
まだ平和だった頃、国の法律で、全ての薬品を返還するように決まったのに、おばあちゃんはこっそり隠し持っていた。いけないんだ。国に知られたら抹殺される。
けど、密告しやしない。だってぼくも、じいちゃんの墓の下から、毒薬の青い瓶を1ダース、かっぱらってきたんだ。