家にもどったケイトを、皆が泣きながら迎えてくれた。ひと月ぶりの帰宅だと言われて驚いた。朝、出たばかりと思っていたのはケイトだけだった。地図を見たら、ほおずき坂など無い。
「不思議な家だった」
主の優しい笑顔やマカロンの作り方を、ケイトははっきり覚えている。作ってみようとして、やっぱり止めた。夢物語を現実に持ってくると、昔話ではたいてい、良くないことが起きるのだ。
年月は矢のように過ぎ、ケイトも90歳になった。店の跡継ぎとして考えていた孫が、
「わたし、クリームとか大好きだから、可愛い洋菓子屋を開くつもりなのよ」
と、言い出した。ケイトはもちろん、反対するつもりだ。
「おじいちゃんは、和菓子以外は興味ないんでしょ?」
「いやいや。わしだって、マカロンが作れるぞ」
あの不思議な朝以来、一日たりとも忘れたことのないマカロンを、孫に作ってみせた。美味しかった。あの時の味だ。
「すごいわ! サイコーよ! おじいちゃん、誰に教わったの?」
「母さんだよ」
ケイトは、すんなり答えていた。あれは、ケイトの知らない若い母さん。本当は和菓子よりも洋菓子が大好きで、それでも店を支え、ケイトを今まで遠くから見守ってくれた母さん。うすうす気がつきながら、心にずっと秘めてきた。
「おまえの洋菓子屋が出来たら、このマカロンを置いてくれ」
反対しなけりゃいけないのに、誰かがケイトに、そう言わせた。
もちろん、母さんだろう。
「えっ? いいの? 和菓子じゃなくていいの? やったー!」
はじける笑顔で抱きついてきた孫が、ケイトには、あの朝の母に思えた。
(おわり)