私が童話作家になった理由:野村一秋さん

小学校教員として勤務した経験をもとに、数々の作品を上梓されている野村一秋先生。童話作家を目指すきっかけや、デビュー作『天小森教授、宿題ひきうけます』出版の裏話などを語っていただきました。

いちばんの励みは

締め切り直前はいつも徹夜
本を読むのは嫌いだけど、文章を書くのは好き。そんな子どもでした。好きというだけで、先生に褒められたことも作文で賞をもらったこともなかったんですがね。中学生のころは、ラジオの深夜放送のリクエストハガキをよく書いていました。

高校で進路を考えるようになったとき、文章を書く仕事をしたいと思うようになりました。目指したのはコピーライターです。高校に入ってから小説を読みだしたので作家にも憬れましたが、あまりにも現実的ではなく、創作は趣味でいいかなと。そうはいっても小説は難しそうで。子どもの本なら簡単だと思ったんですね。大人が子どもに向けて書くことの難しさは、のちにたっぷりと思い知ることになるのですが。

じつは、わたしが通っていた愛知県立安城高等学校は、新美南吉が教鞭を執っていた安城高女の後身だったのですが、それを知ったのは卒業後。それくらいなにも知らずに、童話なら書けると思ったのですから、無謀ですよね。
計画通り、大学では社会学部でマスコミ学を専攻し、広告の勉強をしたのですが、児童文学の方はサークルがなかったので、児童文化研究会に入って子ども会活動をしながら、ひとりで書いていました。また、大学の近くの公民館で例会を開いていた同人誌にも参加するようになりました。3年の終わりには、「児童文学の会」というサークルを立ち上げました。このときも、アンソロジーでいいから作品が本になればいいなあと思っていただけでした。

わたしが児童文学作家を意識しはじめたのは、30代前半に『亜空間』という同人誌に入ってからです。『亜空間』は故川村たかし先生が主宰していた同人誌で、同人には那須正幹さん、吉本直志郎さん、加藤多一さん、浜たかやさん、肥田美代子さん、横山充男さんといった錚々たる作家が名を連ねていました。また、ここからデビューした作家も、野田道子さん、大塚篤子さん、竹内もと代さん、佐野久子さんなどたくさんいます。
年に4回発行の季刊誌で、締め切り直前はいつも徹夜がつづきました。締め切り当日、近鉄特急で大阪まで原稿を持って行ったこともありました。ここでがんばれば夢が叶うかもしれないと思っていたので、必死でしたね。