男の人は、素早い動作で立ち上がる。
少し離れた場所に置かれた黒い電話に、つかつかと歩み寄り、手を伸ばす。
「こちら、猿神探偵事務所です。・・・・・・そうです、ワタシが所長の猿神寅卯です。・・・・・・ええ、寅卯は十二支のトラとウサギと書いてトラウ。人呼んで名探偵猿神寅卯とは、ワタシのことです。えっ、なんですか? 変わった名前だと? おほめに預かり光栄です。・・・なに? ほめてはいないと?」
男の、猿神さんの眉間にシワが刻まれる。
「それに、えっ、なんと? 名探偵って、本当ですか? といま、聞いたか? んっ? なんだと、無礼な!」
猿神さんは、受話器を置いた。
こいつが、と電話をバシバシ叩く。
「ふくふく亭にあったチラシを見たけど、草むしりとかハチの巣払いとか、ぜんぜん名探偵らしくありませんね、だと! 無礼な!」
だろ? と同意を求められ、
「その文面を見たら、たぶん、ぼくも受話器の向こうの人と同じことを・・・・・・」
と、でかかる言葉をのみこんだ。
「それより、猿神さん、いいんですか?」
「なにが、だ?」
「その電話、切ってしまって」
「あっ・・・」
「それに、その足、もの凄く大丈夫そうに見えます」
「あっ・・・」
「あっ、じゃありませんよ」
「・・・では、」
「いっ、て言うのもなしです」
「うっ・・・」
「もう、いい加減にしてください。足首、大丈夫なのなら、ぼくは失礼します」
「いや、失礼はしなくてもいい」
「はい?」
「おまえ、輝・・・、じゃない、幸太が失礼すると、チャッピーの立場がなくなるじゃないか! ワシがチャッピーに頼み、チャッピーはワシの頼みをきいて・・・」
猿神さんが、話しはじめる。
ぼくが呼ばれた経緯らしい。
なあ、チャッピー、そうだよなー。
もう、チャッピーときたら、お利口さんにもほどがある!
これでもかとばかりに、チャッピーにかけられた甘い言葉を抜いて要約すると、こうだ。