「んだ。盗っ人にも出会うかもしれねえし、危ねえ旅だ。第一、路銀はなじょする?」
路銀というのは旅の費用のことです。
とたんに、みな、だまりこんでしまいました。
村には、大百姓の庄兵衛をのぞいては、そんな大金をまかなえる人はだれもいなかったからです。
この時、うで組をして聞いていた庄兵衛が、
「ほんでも、ほかに方法はあんめえな」
と、ため息まじりに、顔を上げました。
「吉野山へは、わしが手紙っこば書くべ。使いは、足のじょうぶな若げすたず・・・、与作と田平がいかべ。路銀はわしが用意すっぺ」
村人たちは、その場にすわり直して、深ぶかと、庄兵衛に頭を下げました。
さっそく、次の日の朝早く、体自まんの二人の若者、与作と田平が、吉野山に向かって出発しました。
「おらたち、夜昼なしに、急ぐから、みんな、待っててけらいん」
手をふる与作と田平を、村人たちは見送ります。
「まこと、待ち遠しいっちゃなあ。行きに20日、帰りに20日。どんなに早くとも、行者様がござるまでには40日あるべおん。その間、おらだちだけで、村のわらしこば守らねばなんねちゃ・・・」
庄兵衛のさしずで、村人たちは、交たいで、山の入り口を見張ることになりました。
オニが来ようものなら、かねを打ち鳴らして、みなに知らせることにしたのです。
「いがすか。かねっこ、聞いたら、どこさいても、すき、くわば持って、かけつけるべし。オニがなんぼ強いたって、わしら全員が相手だら、そうそう、かなわねべおん」
それにしても、不安な毎日でした。