これは、キジネコのぼくと、やよいさんとの間にあった、本当のお話です。
物心ついたころには、ぼくはもう一人ぼっちでした。
「しっし、ノラネコはあっちへ行け!」
ぼくたちは、名前もなくて、みんな同じ「ノラネコ」とよばれ、なかなかごはんにもありつけません。
ある暑い夏の日に、ぼくは、どこかの中庭にまよいこみました。
「ごめんね。うちには、もう2ひきのネコがいるからお前をかえないわ。かえないのに、ちゅうと半ぱなお世話はできないの。がんばって一人でエサを見つけるのよ」
いつも追いはらわれてばかりだったのに、家の中からあふれ出てきたその言葉は、何てあったかなのでしょう。
そのころのぼくは、エサにありつけず、夏の暑さもあり、だんだん体力がなくなっていきました。
へいにとび上がることもできず、よろよろと歩いていた日のことです。
「もう、見ちゃいられないわ。」
女の人が、エサをもってとび出してきました。
そうして、だれも見ていないのをたしかめると、みぞにエサをたくさん入れてくれて、そのまま家の中に入って行きました。
それが、やよいさんでした。
なんておいしいごはん!
こんなにおいしいごはんは、これまで一度も食べたことがありません。
よく日、ぼくは、またあのエサがもらえないかなあと思って、中庭に行きました。
「そうよね。一度あげたら、またもらえるかもって期待するのはあたり前よね。一度あげてしまったからには、せきにんをもってあげ続けないといけないわね」
エサに期待しているぼくに気がついたやよいさんは、エサとエサ入れをもって外に出て来ました。
「このみぞで毎日あげていたら、近所の人に見つかってしまうわ。あらっ、ここはどうかしら。ここなら外からは見えないし、ネコちゃんもゆっくりごはんが食べられるわ」
やよいさんは、外にとび出している自分のうちのくつ箱の下のすき間を見つけました。
そして、たっぷりエサの入ったエサ入れを、板をわたした上においてくれました。
「ここならだれにも見つからずにゆっくりエサを食べられるでしょう?」
その日から、やよいさんは、毎日ぼくのために、エサを用意してくれました。
「さあ、そとお君、今日もおいしいごはんをいっぱいお食べ」
《えっ、やよいさん、今なんて言ったの? そとお君? それって、もしかしたらぼくの名前?》
ぼくに名前ができたんだ!それまで「ノラネコ」という、みんなといっしょのよび方でしかよばれたことがなかったのに、ぼくの、ぼくだけの名前ができたんだ!
シッポでさよなら(1/3)
文・山庭さくら 絵・志村弘昭