ステファノがローマへ帰る日になった。
チェーザレ氏がおみやげをいっぱい買ってあげたので、来たときよりも3倍くらい荷物がふくれ上がってしまった。
チェーザレ氏のステファノのかわいがりようにはおどろいてしまう。たった1週間のたいざいだったけど、ルナ・パークやこのまちでいちばんおいしいピッツェリアにつれて行ったり、あれやこれやのもてなしなのだ。
でもステファノは、それほどうれしかったのかなあと、ボクは思ってしまう。
「ひろばでこどもたちがサッカーしてるわよ。ステファノもやってきたら?」
「ううん、ボク、ローマにかえるまでに、としょかんでかりているこの『ベートーヴェンのしょうがい』読みおわってしまいたいの」って調子なんだもの。
「おっとは今、ステファノを飛行場まで送っていったの。なにしろおいへの愛情はすっごいのよ。チェーザレは小さいときに両親をなくして、お兄さんに自転車で毎日小学校の送り迎えしてもらってたのがわすれられないんですって。イタリア人の肉親へのきずなの強さといったら、あたしたちには信じられないくらいよ」
りつ子さんは電話でそんなことを話している。
ボクはといえば、ステファノがいなくなったら、またドロがやってくるだろうな、などとこわごわ考えてしまうのだ。
ステファノがローマに帰ってしまっから、10日くらいたった。幸いにドロはやってこない。ヴァイオリンにこりたのだな。きっと。
夕ぐれも間近だった。
ボクがさんぽの帰りみち、れんがづくりのへいの上をあるいていたときだ。
道の反対側の植え込みから、いきなり黒いかげがとび出してきて、へいの上にとび上がったのだった。なんとそれは忘れもしないドロだった。
ドロのかおつきが変わった。両目が、みどりのほのおのようにもえ上がった。
ドロ、おねがいだからそんなこわい顔でボクを見ないでくれよね。
おねがいだから・・・ドロの毛はハリネズミのようにふくれ上がった。そしてキバをむきだしてハーッと・・・ボクはあとずさりした。きっところされるだろうと思った。
でもあとずさりしたのはボクだけではなかった。ドロはいきなりきびすをかえすとへいをとびおり、矢のようににげて行ってしまったのだ。
赤い夕日の中にきえてしまったドロ・・・ボク、どうしても信じられないよ。(おわり)
ジロとドロとヴァイオリン(7/7)
文と絵・すむらけんじ