つらくなかったといえばウソだ。
ずっといてほしいと、秋斗は何度も思った。外の世界はきびしいに決まっていた。できる限りを教えたつもりでも、人間に育てられたピイが、どれぐらいちゃんと生きられるかなんてわからなかった。
けれど秋斗には、ピイが一度は飛び出したあの空と、外の世界を待ちわびているように思えてならなかった。まだ黄色みの残るくちばしのまま、力強い羽ばたきをきたえながら、愛くるしかった黒い瞳はいつしか野性味を帯びた強い目に変わっていたからだ。
野生のスズメの寿命(じゅみょう)は、巣立ってから1年ほどのものも多いという。
じっと見送る秋斗のかたを、ポンポンとお母さんがたたいた。
不意にホッとして、何かが胸のおくにわき上がるのをこらえきれずに、秋斗は顔をくしゃっとゆがめた。泣くもんかと思ったが、さみしさと安心がないまぜになって、チクチクと胸をさすのにたえられなかった。
「がんばったね、秋斗。ピイといっしょに、よくがんばったね」
くしゃくしゃとお母さんにかみをかき混ぜられながら、秋斗は一度だけ大きな声で名前をよんだ。
けれど、もう林の中からピイは返事をよこさなかった。
ただたくましく、もといた広くきびしい世界にピイは羽ばたいていった。 (了)
(本作品は「第30回日本動物児童文学賞」優秀賞受賞作を一部平易に改稿したものです)