ピイの飛んだ空(8/8)

文・七ツ樹七香   絵・久遠あかり

つらくなかったといえばウソだ。
ずっといてほしいと、秋斗は何度も思った。外の世界はきびしいに決まっていた。できる限りを教えたつもりでも、人間に育てられたピイが、どれぐらいちゃんと生きられるかなんてわからなかった。
けれど秋斗には、ピイが一度は飛び出したあの空と、外の世界を待ちわびているように思えてならなかった。まだ黄色みの残るくちばしのまま、力強い羽ばたきをきたえながら、愛くるしかった黒い瞳はいつしか野性味を帯びた強い目に変わっていたからだ。

野生のスズメの寿命(じゅみょう)は、巣立ってから1年ほどのものも多いという。
じっと見送る秋斗のかたを、ポンポンとお母さんがたたいた。
不意にホッとして、何かが胸のおくにわき上がるのをこらえきれずに、秋斗は顔をくしゃっとゆがめた。泣くもんかと思ったが、さみしさと安心がないまぜになって、チクチクと胸をさすのにたえられなかった。

「がんばったね、秋斗。ピイといっしょに、よくがんばったね」
くしゃくしゃとお母さんにかみをかき混ぜられながら、秋斗は一度だけ大きな声で名前をよんだ。
けれど、もう林の中からピイは返事をよこさなかった。
ただたくましく、もといた広くきびしい世界にピイは羽ばたいていった。 (了)

(本作品は「第30回日本動物児童文学賞」優秀賞受賞作を一部平易に改稿したものです)

七ツ樹七香 について

(ななつきななか)熊本県出身。「ピイのとんだ空」で第30回日本動物児童文学賞優秀賞。 「ラスト・オテモヤン」で第41回熊本県民文芸賞小説部門一席を受賞。熊本日日新聞に全10回連載され好評を博す。本作は朗読CD化、熊本県内数カ所の図書館で視聴可能。 ほか、第1回西の正倉院みさと文学賞 佳作、集英社WEBマガジンコバルト がんばるorがんばらない女性小説賞大賞、第16回深大寺恋物語 調布市長賞など。 共著に『謎解きホームルーム2』『恐怖文庫』『感動文庫』(いずれも新星出版社)動物が好き。犬と小鳥と暮らしている。

久遠あかり について

(くどうあかり) 漫画家。主に児童向け、動物のお話を執筆。ハリネズミや犬を飼い自然と動物好きに。現在は保護猫と暮らしている。また、別名義(光晴ねね)で少女漫画やロマンスジャンルなどで活動中。 pixiv fanbox 光晴ねね https://nene-mitsuharu.fanbox.cc/