ペンギンのアディ(3/10)

文・伊藤由美  

それは、父ペンギンが海に出かけて、母ペンギンがヒナたちのお守をしていた時でした。
うららかな南極日和。
母ペンギンは、コックリ、コックリ、眠っていました。
海での長い漁の後でしたから、疲れ切っていて、母ペンギンは、アディが、巣から、こっそり、はい出したことに気づきませんでした。

アディは、ペンギンたちのフンで、どこもかしこも、赤茶色にそまったペンギン村を見回しました。
この間までは白かった、親ペンギンたちのおなかさえ、今では、きたないピンク色です。
「いやだなあ、うるさくて、きたない、こんな村。あのきれいで、しずかな山に行ってみたいなあ。大きなつばさがあったらなあ! そしたら、あそこまで、飛んでいけるのに」

アディがひとり言を言うと、
「君だって行けるさ」
と、だれかが答えました。
びっくりして、声のした方を見ると、少しはなれた岩の上に、前に見た、あの茶色い鳥がいます。
鳥は、ジロッと、アディを見ていました。
あわてて、アディは、母ペンギンをふり返りました。母ペンギンは気づいていません。

「あんたはトーカモね!? あたしたちを、さらって、食べるんでしょ!?」
アディは聞きました。
「ぼくがかい? まさか! ぼくは神様の使いなんだよ。神様が、君のことを、たいそう、気に入ってね。君につばさをあげるって言うんだよ。ぼくは、そのことを伝えにきたのさ」
「え、ほんとう!?」
ほんとうなわけはありません。
でも、どこか、とぼけて、人のよさそうなトーカモを、アディは、すっかり、信じてしまいました。

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに