ラブレター

文・田村理江  

ここに来るお客様の大半は、老年に足を踏み入れた方ばかり。若い人が一度、この店に迷い込んで「過去を悔やむなんて、惨めったらしい」と言い捨てて帰っていったことがありましたっけ。
若い人がほんの少し前の過去を思うのと、私たちが後ろを見るのとでは、たぶん意味合いが違うのでしょうね。

「あの時、想いが叶っていたら」
そう思う気持ちの裏には、歯ぎしりしたいほどの口惜しさではなく、どこか甘やかな、夢のような感覚があるんです。
これまで歩んできた自分を受け止めながら、ささやかな慰めに酔う感じ。だから、私の手紙は世の中に不要なものではないはずです。

私だって。
見ず知らずの人に「おばあさん」と呼ばれる年齢になった私も、時折、昔の人を想い出すことがありますよ。丸眼鏡の学生さんだった、生真面目な人。ノートにびっしり、右上がりの角ばった小さな文字を書いた人。
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田村理江 について

(たむら りえ)東京都生まれ 成蹊大学文学部日本文学科卒業。日本児童文学者協会第15期文学学校を終了。 第6回福島正実記念SF童話賞を受賞して、『ガールフレンドは宇宙魔女』(岩崎書店)を出版。 児童書の作品に『リトル・ダンサー』(国土社)、『夜の学校』(文研出版)、『魔の森はすぐそこに・・・』(偕成社)など。絵本の作品に『ふなのりたんていラッタさん』(フレーベル館)、『ハンカチのぼうけん』(すずき出版)など。 HP:田村理江のページ