しかし――犬を見たぼくの心ぞうがちょっとドキッとした。
ぼくの持っているスプレーを見て、ぼくがやろうとしていることがわかったのだろう。
犬がおはしを持つ手を止めて、とても悲しそうな顔をしていたのだ。
ぼくは少し考えた。
ぼくのやろうとしていることは、はたして正しいことだろうか。
バラのスプレーをふりかけると、確かに犬を追い散らすことができる。
でもラーメン屋のおじさんがちゃんと犬に食べさせてやっているのに、ぼくが勝手に犬だからといって追い散らしていいのだろうか。
ぼくの元気がちょっとなくなってきたのを見て、おじさんが言った。
「どうしたんだい。やっぱりやめるかい?」
ぼくはあわてて返事をした。
「いいえ、ちゃんとやります」
そこでまた――ひらめいた。
「おじさん、明日は二丁目にくばりませんか。そしたらもっと宣伝になるし、お客さんもふえると思うんです。その次は三丁目。毎日順番にくばっていくんです」
それを聞いて、おじさんはよろこんだ。
「そうしてもらうとありがたいよ。ほんとのこと言うと、おじさんもそうしたかったんだ。でも遠くまでいくのがしんどくてね」
犬と目が合った。犬がびっくりしたようにこっちを見ていた。
ぼくがバラのスプレーをゴミ箱に放り込んだ。
そしてむねをはっておじさんに言った。
「二丁目にも三丁目にもラーメン食べたいやつはきっといっぱいいると思うし、そうしたらみんながちゃんと自分の家のチラシを持って来ることができますから」
ぼくの言葉を聞いて、犬が笑った。ぼくは犬の笑顔っていうのを初めて見た。ちょっと気持ちわるかった。