この先に見える十字路を左に行くと、坂道を上がったところに大きな病院があるでしょう。
僕の妹はそこに入院しているのですよ。
毎日必ず朝と晩、僕は妹の見舞いに病院へ行きます。
学校へ行く前、帰るとき、いったん家へ帰ってからまた行くこともあります。
もう、長くはないのですよ。妹は・・・
胸をわずらっていまして。
きょうは一度家に帰ってそれからゆっくり見舞いに行きます。
卒業式の話を聞かせてくれとせがまれたのです。
それと、きのう、林檎園を営んでいる友人からとてもいい林檎をもらったので。
木箱にいっぱい。
それをいくつか持っていってやろうと思って。
妹は小さなころから林檎が大好きで、熱があるときでも食欲がないときでも、林檎をすりおろしてやると、それはそれは喜んで。
このごろ、食が細くなって、ほとんど何も食べようとしないのですが、この林檎を口にすれば、食欲も出るのではと思うのです。
妹と僕はふたつ違いで、小さなころはよく近所の川で遊んだものです。
そう、あそこに見える川です。
泳いだり、河原の石を、まるで競争みたいに集めたり。
僕にとっても妹にとっても、あの川はまるできらきら光る宝石がごろごろところがっている場所なのです。
河岸には百万年前もの象や鹿などの獣の足跡があったり、クルミの化石があったりするのですよ。
まさに化石の宝庫です。
学校の生徒を理科の校外学習によく連れて行きました。
あれ・・・
いま妹がそこに、川の向こうのほとりに立っているように見えたのですが。
気のせいでしょうか。
こんな時間に重病の妹が、春とはいえまだまだ肌寒い川岸など歩いているわけがありませんね。
きっと、気にしているから、幻でしょう。
いや・・・幻にしてはやけにはっきり見えます。
外は月と星の明かりだけなのに川の対岸がたいそうよく見えます。
妹が向こうでこちらに手を振っているように見えます。
妹には僕が見えるのかな。
運転手さんには見えますか?
ほら、ちょうどあの北極星の真下にあたるところに妹は立っています。
運転手さんに見えないのなら、あれはやはり僕の目の錯覚でしょうか。
卒業式やら自分の退職やらでごたごたして、大した量の仕事を片付けなければならなかったから、ちょっと疲れているのかもしれない。
え・・・
え、見えるのですか。
運転手さんにも。
妹が・・・
川の向こうの妹が見えるのですか。
妹は・・・もしかして、ですけれど、こんなことを口に出して言うのは、本当にかなしいことなのですけれど・・・
「向こう岸」にいってしまったのでしょうか。
「こっちの岸」にいる僕には手の届かない所にいってしまったのでしょうか。
北極星の夜(3/4)
文・北森みお