私はちょっと考えて、答えた。
「御本人のインタビューは、ありきたり。代表作『闇のしじま』のホンを書いた人に当時の話を聞くのは?」
トントン拍子に進み、脚本家への取材は私が受け持つことになった。
“長”という役職に就くのに35才は遅くもなく、かと言って早いわけでもない。だからこそ、就任早々に一発、ヒット記事がほしい。
澤ノ井謙については、だいたいの知識はあった。映画史を彩る名優。絶世の美男子。出世作『闇のしじま』は観たことはないが、映画特集のメディアに繰り返し登場するから、認知度が高い。
若き政治家を演じた謙さんが、街角のトラックの上に飛び乗って、
「我を見よ! 誠実が滲み出ているではないか!」
と叫ぶシーンは、私だって何度も目にしていた。昭和20年代の映画公開当時は、皆がこぞってその台詞を真似して、一つの風俗だったとか。
名台詞の誕生秘話を記事にしたい。新鮮な視点のはずだ。私はすぐに脚本家を探した。古い話なので、ご健在かどうかも不安だったが、脚本家の石神透は東京郊外に住んでいて、まだまだお元気とわかった。何回かの手紙のやりとりの末、今日の取材が整った。