恋の形見に ーーBOOK展2023より

文と絵・田村理江

BOOK展2023で発表した5作品のうちの最後の作品をお届けします。
◆BOOK展の様子はこちらから→BOOK展2023を終えて
◆動画はこちらから→YouTube「BOOK展2023」

恋の形見に
ガリ版が“ハイカラ”だった時代を書きたくて、大正期を舞台にしました。女子校においては異性に憧れるよりも強く、同性の先輩に魅了されることも珍しくありません。美しくて大人びていて、少し不良っぽい先輩を相手に、模擬恋愛を味わいたいからでしょう。中には、本気の恋に発展することも・・・。
慎ましやかな少女たちが丁寧に扱う真新しいガリ版機を目に浮かべていただけたらと思います。


恋の形見に

夕まぐれの教室、きしんだ音をたてて扉が開いた。入って来たのは、さっき、千鳥先輩とケンカをして出て行った紅先輩だった。
「ごきげんよう、清子ちゃん。まだ残っていたの?」
紅先輩は、もうケロッとしていた。
「はい。皆さん、バイオリンだの庭球だの、お稽古で忙しいので、私が片付けを・・・」
ケンカの発端は文学愛好会の会誌作り。代表の千鳥先輩がガリ版機を前にして、
「西洋の文明は大したものねぇ」
と感心したのを、紅先輩は鼻で笑ったのだ。
「原理は江戸の木版摺りでしょ? 欧米ではタイプライターの時代なのに」

欧州の眼医者さんが発明したという小さな印刷機を、学校はいち早く取り入れ、各教室に一台、備え付けていた。おかげで手描きだった会誌が綺麗な印刷物になり、見栄えがするし、作業が断然ラクになった。
素直に喜ぶ生徒たちに、紅先輩はいつも通り、同調しなかった。
3年の紅先輩は異彩だ。下級生たちが密かにアフロディーテと渾名する美貌。禁止されているミルクホールへ殿方と出掛けたという噂。
たいていの卒業生は結婚するか専門学校へ進むのに、この秋から巴里へ留学すると言う。まぶしいほどのハイカラゆえ、敵も多い。

田村理江 について

(たむら りえ)東京都生まれ 成蹊大学文学部日本文学科卒業。日本児童文学者協会第15期文学学校を終了。 第6回福島正実記念SF童話賞を受賞して、『ガールフレンドは宇宙魔女』(岩崎書店)を出版。 児童書の作品に『リトル・ダンサー』(国土社)、『夜の学校』(文研出版)、『魔の森はすぐそこに・・・』(偕成社)など。絵本の作品に『ふなのりたんていラッタさん』(フレーベル館)、『ハンカチのぼうけん』(すずき出版)など。 HP:田村理江のページ