春を泳ぐヒカリたち(8/11)

文・高橋友明  

あのときのべにちゃんは、こんな気持ちでいたのだろうか? ぼくは2年半前のべにちゃんを思った。
いや、違う。べにちゃんはあのとき戦っていた。ぼくは逃げてきたのだもの・・・。
春が、いごこち良さげに、居すわっているのが見てとれた。あの田の上にも、あのアシの上にも、あの雲にも、天が原セレモニーの建物にも。春色のやさしい日光で、包み込んでいる。

でも春は、けしてぼくのところへはやってこなかった。ぼくの方でも、春になんの興味もおぼえなかった。
それから太陽が、東から西へ、大きな弧をスローモーションで描きながら進んでゆく。
そしてろうそくの火が消えるように、辺りはふっと暗くなり、気づいたときには、まん丸の月が東の夜空に浮かんでいた。

いく千の風が、ひっききりなしに渡っていて、アシの大草原は、ゆかい気に銀色の波をつくっている。
風はぼくのところへもやってきたが、髪をゆらすだけで、やっぱりぼくは、ちっとも愉快にはなれない。
世界は、ぼくをすっかり見捨てて、進んでいるようだった。

高橋友明 について

千葉県柏市在中。日本児童教育専門学校卒業。 朝昼晩に隠れているその時間ならではの雰囲気が好きです。やさしかったりたおやかであったり、ピリッとしていたりする。 同様に春夏秋冬や天気や空模様も好きです。 そうしたものを自分の作品を通して共感してもらえたら幸いです。