◆来るべき高齢期への手引き書となる
といっても、この絵本、学生時代に使ったフランス語のテキストを思わせる小ささ、薄さで、その簡易な造作が、主人公のポリシーに忠実だ。
おばあさんは、結婚後にフランスに渡ったユダヤ人の移民で、ヒットラーの時代を生き抜き、重過ぎる過去を“秘密”と割り切って、家族や他人には陽気でサバサバした顔しか見せない。重たさを隠す努力を続けている。
それでも、時々、「あなたにはそんな不幸せな秘密がありますか」と問わずにはいられない。
90歳のおばあさんは、歩いたり食べたり眠ったり、そんな何でもないことさえ、若い時の百倍くらいの力を注いでこなしていかなければならない。家族に「なにかいるものはない?」と聞かれたら「ノン、なんにも」と答える。ほしい物が何もない、というのは本音だろうし、まわりに心配を掛けないための気配りでもあり、おばあさん自身のプライドでもあろう。
「もういちど、若くなってみたいと思いませんか?」の問いに、「わたしの分の若さはもうもらったの」と答える。自立する素敵なおばあさん!
あなたが中年以上の年齢だったら、来るべき高齢期への手引き書となるし、若者だったら、老人の苦労、痛みを知る教科書になるはずだ。
いずれにせよ、時が流れれば、誰もが「おじいさん、おばあさん」と呼ばれ、この絵本の主人公になっていく。そういう意味では、特定の世代に向けた絵本ではなく、みんなのための絵本なのだろう。
女優の岸恵子さんが訳した日本語も美しいし、サンペの流れを汲むセルジュ・ブロックの絵もフランスらしくて小粋な絵本だ。