ある日のこと、クモがいつものように機を織っていると、急に、ひんやり、冷たい風が吹いてきました。ユリの花々が、ブルブルと震えました。この野原にこんな冷たい風が吹いたのは初めてでした。
「何が起こったんだろう」
クモは胸騒ぎを覚えて、手を止めて、花の間にのぞく空を見上げました。心なしか、そこにいつもの輝きが感じられません。
しばらくして、ハナアブが血相を変えて飛んできました。
「大変なことになったよ、君」
ハナアブは叫びました。
「女神様のお婿さんが、さっき、亡くなってしまったんだ。女神様の止めるのも聞かずに狩りに出かけて、イノシシに突かれて死んだんだ。ほら、ごらんよ、空を。あんなに黒雲がわいている。女神様が泣いておられるからだよ。ああ、もう、何もかも、おしまいだ。結婚式もなしだ。冬が来るんだよ」
やがて、ハナアブの言ったとおり、冷たい雨が降り始めました。雨は草花を枯らして、何もかもを土色一色に変えてしまいました。女神が悲しみのあまり、大地のことを気にかけなくなってしまったからです。
それまで冬の寒さを知らなかった生き物たちは次々と息絶えていきました。そして、誰ひとり、歌うもののいなくなった大地の上を、風ばかりがビョービョーと吹いていました。
ハナアブは、ぼろぼろになった羽を引きずって、最後の場所を探してさまよっていました。あっちにもこっちにも、仲間たちの死骸が転がっていました。泥にまみれて、まだ、羽をばたつかせているチョウがいました。
「ああ、自慢だった羽があんなに汚れちまって・・・。子供のイモムシたちは一度も飛ばずに死んじまったんだろうなあ」
トンボも手足を胸で固く組み、地面に仰向いています。
「おいら、おとなしく、あいつに食われてやればよかったんだ。こんな風に無駄死にするくらいなら」
悔しさがこみあげてきます。
「おいらたちなんて、ほんとに、取るに足らないものなんだ。神様たちの目からみたら、ほんとに、ただの虫けらなんだ」
ブツブツ、つぶやきながら、ハナアブの重い足は、自然に、ユリの木の方へと向かっていました。