ユリの木は見る影もなく衰えて、枯れ枝を悲しげに地面に落としていました。ところが、驚いたことに、その根元で、あのクモが、まだ、機を織っていたではありませんか。
「おい、クモ君。君は、まだ、そんなことをしていたのか。何の役にも立たないってのに。いったい、何のために・・・」
クモは答えませんでした。ただ、かじかむ手足を一生懸命動かして、誰も着るはずのない花嫁衣装を織り続けているのです。
その姿を見るうちに、ハナアブの心から、さっきまでのすさんだ気持ちが、少しずつ、消えていきました。何だか、死んでいくことが、ちっとも辛くはないように思われます。それは、自分の命が一筋の糸になって、クモの織物に織り込まれていくような気がしたからでした。その織物ときたら、かつてない強い光を放って、今や世界を覆い尽くそうとしている恐ろしい闇に敢然と立ち向かっていたのです。
ハナアブの心に言いようのない感動がこみ上げてきました。自分の生きた一日一日が、目にしてきた光という光が、その一カ所に集まり、炎を上げているかのようです。
「すばらしいよ、クモ君。今こそ、完璧だ。ああ、おいらにはやっと分かったよ、以前、君の織物に何が欠けていたのかが。それは、おいらたち、ちっぽけな生きものたちの声・・・。偉大で圧倒的な世界の中で、それでも、『おいらたちだって生きているんだぞ、生きていたいんだぞ』っていう、喜びと祈りの歌だったんだ」
ハナアブはすすり泣いていました。でも、それは、悲しいからではありませんでした。ハナアブの顔は、今は、誇らしさに輝いていたのです。
「クモ君、どうか、織り続けてくれ。おいらたちのために。おいらたち、全ての生き物のために…」
それがハナアブの最後の言葉でした。
クモは、ハナアブが傍らの岩のくぼみに身を寄せて目を閉じるのを見ました。その顔に昼寝のような呑気なほほえみが浮かべて。
クモはうめいて、身もだえました。どっと、涙があふれました。けれども、それもつかの間、眠るハナアブからむりやり目をそらすと、また、一心に機を織り始めたのでした。