それでも、とうとう、ひどいかぜをひき、とんでもない高い熱にうなされました。
やっと、病がいえた時、王は、病み上がりの気晴らしにと、お城を出て、町に出かけました。
にぎやかな市場を通った時です。真っ赤なほっぺをした若い女が、りんごを売っていました。
まるまると太った、健康そうな娘です。
「あの娘の体は、りんご畑にいっぱいに降り注ぐ日の光のように、暖かいにちがいない」
心底、冷え切っていた王は、娘から目をはなすことができなくなりました。
「あの娘のうでをまくらにして眠ることができたらなあ」
そこで、娘のそばでりんごをぴかぴかにみがいていた父親に、
「おまえの娘を、侍女として、水の城に上がらせよ」
と、命じました。
しかし、父親は、がんとして、首をたてにふりませんでした。
リンゴ売りは、ディドーがどんなに身勝手な人間か、いろいろなうわさで、よく知っていたからです。
(大事な娘を取られてなるものか!)
リンゴ売りは言いました。
「どうしてもとおっしゃるなら、王様、どうぞ、お約束してください。娘を正式な王妃にし、その息子に王位をつがせると」
もちろん、そんなことはできるはずがないことを、リンゴ売りの父親は、ちゃんと、知っていました。
ディドーには、もう、リムニー王妃がいるのですから。
リンゴ売りは、そのように言えば、王が、娘をあきらめるだろうと思ったのです。
王は目をむき、リンゴ売りをにらみつけましたが、やがて、苦しそうに目をふせて、言いました。
「よろしい。おまえの娘を、必ず、王妃にし、その息子に王位をゆずろう」
リンゴ売りはおどろき、「とんでもないことを言ってしまった!」と後悔しました。
でも、もう、あとの祭りでした。
「よく聞け。王の約束だ。ひと月のうちに、おまえの娘を王妃に迎えるべく、使いを来させよう。用意して、待っておけ」
そう言った時の王の目の暗さを、リンゴ売りは、後々まで、忘れることができませんでした。