ダヴィデはぼくをけとばそうとしたが、こっちが得意のジャンプで奴にとびかかってやったのだ。びんしょうに先に出るが勝ちというのはネコの世界のてっそくなんだ。
思いっきりダヴィデの手をひっかいたら、手応えはたしかにあった。ふき出した血でさけびをあげたダヴィデは、部屋のなかにかけこんだぼくを、昨夜のステッラのように追い回した。ぼくがハーッとキバをむき出すごとに、彼は色をうしなった。
「出ていけッ!」とさけぶや、ダヴィデはいきなりアパートのドアをあけたのである。冷たい空気が下から吹きこんできた。ぼくはドアを走り出ると、もうれつないきおいで階段をかけおりていった。はてしなくつづく階段がやっと終って庭にでるガラスドアを見たとき・・・幸いにして若い男女が中へ入ろうとしていたので、外へ飛びだすことができたのだった。
こおりつくような田舎道をぼくはとぼとぼと歩いていた。ほりかえされてはだかの土がむき出しになった畑のなかを一本の道がつづく。はてしない不毛の地。ぼくは知ってるんだ。春になったら農家の人たちはトウモロコシの種をまき、やがてそれは信じられないほどの早さでのびていき、ネコたちのかくれんぼうの場所となるということを。なつかしいなあ、あの季節が。
小さな石の橋のむこうに古びた家が並んでいる。橋の下から出てきた灰色のネコと目と目があったとき、そいつはじろりとぼくをみた。ぼくが気がつかないふうをよそおって橋を渡ろうとしたら、別のキジネコが姿を現した。そしてどこからともなくまた1匹・・・。
遠くで自転車のチリリンという音がして、ふり返ってみておどろいた。5、6匹のネコがうろついていたのだ。自転車に乗った、着ぶくれしてまるまるした女の人がこっちに向かってやって来るのが見えた。やがて橋のところまで来て自転車をおりたので、ネコたちは女の人のまわりをとり巻いた。ネコたちががまんできないというふうに「ミャーン」とないたので。ぼくも同じように「ミャーン」とないてみせた。
「お前、新顔だな。だれのきょかをえてここにいるんだよ」
でっかい灰色のネコがぼくにドスのある声でいうのだ。
女の人は袋から大きなポリ箱をだし、ふたをあけた。いっせいに近づくネコたちを追いはらうように、女の人女はおこった声で、
「そんなにせかすんじゃないよ。いつもこうなんだからねえ。」
どんどんネコたちがやって来て、ゆうに15匹くらいになっていた。彼らはあらそって、ガツガツと食べはじめた。
「あら、コリンったら、おなかすかないの? けさ、ネズミとって食べたのかい? ブラーヴォ」とか「ミリーはどうしていないの? かぜでも引いたのかしらん」などと、女の人はネコたちに話しかけるのである。
ぼくがやっっとこさポリ箱に近づいて顔をつっ込もうとしたときだ。あのでっかい灰色のネコが、前足でらんぼうにぼくをおしのけ、ハーッとやった。
「チッチョ! お前はどうしていつもこう意地がわるいんだい。さっさと消えてしまいな!」
こぶしをあげてどなる女の人にチッチョという灰色のネコはすごすごとあとずさりした。女の人はぼくをみて言った。
「あら、はじめてみる顔ね。さあ、お食べ」
ぼくはパスタをいきなりほうばった。まずかった。こんなまずいものは生まれて初めて口にした。ふたたび口をつけようとしないぼくを女の人は抱き上げて、まじまじと顔をのぞいていたが、ほっぺたのまっ赤な顔がおやっという表情をした。
「かいネコなんだね。かわいそうにさむさと飢えでふるえているよ。こんなにかわいいネコを寒空に放りだすなんてねえ 。かいネコがこんなもの食べられないのはわかっているよ。これは、スパゲッティとトマトソースだけのにこみなんだもの。でもお前も見はなされてしまったのだから、これからはねずみをとる練習をしなきゃあね」
地面におろすと、もうぼくのことなんか忘れてしまったように、からになった箱をかたずけはじめた。あれほどたくさんいたノラネコたちはみんな姿を消していた。