シマ吉は、すみかだった田んぼまでもどってきました。久しぶりの田んぼです。小さかった苗がぐうんとのびて、青いくきを風にそよがせています。
シマ吉は、田んぼの中にもぐると、大きくいきをはきました。
(これでいいんだ。だいじょうぶ。アカネを信じよう。おれたち、友だちなんだから)
シマ吉は、じっと田んぼの中で耳をすませると、いきをひそめて待ちました。
お日さまが少しかたむいてきたころ、大好きなアカネのにおいが、シマ吉のはなをくすぐりました。
(よし!)
シマ吉は、口をきゅっと結ぶと、みけんにしわをよせてこわい顔を作り、田んぼの中から、しゅるしゅるとはい出しました。
「あれ? ヘビさん!」
シマ吉は、うれしそうに手をのばしてきたアカネを、ぎろりとにらみつけました。そして、ぐるぐるとトグロをまくと、鎌首をもたげました。
(アカネ、この先は行くな。あぶないし、山のふもとは、おまえが行くには遠すぎる)
シマ吉は、必死に告げました。
しかし、アカネには「シャー」となく声しか聞こえません。
真っ赤な目でアカネの顔をぎろりと見すえ、大きな口から赤い舌をちょろちょろと出し、シマ吉はうったえつづけます。
(車もいっぱいだし、迷子になるかもしれん。帰れ。引きかえしくれ。おれがいる。おれが、アカネの友だちだから)
シマ吉のうったえに、アカネの身体が固くなっていきました。ずさり、ずさりと、少しずつ身体が後ろに下がっていきます。
(わかってくれたか。もどってくれるか)
シマ吉がホッとほほをゆるめたその時、
「こわい・・・。こわ~い。ヘビさん、きらい!」
アカネは、シマ吉をにらむとさけびました。そして、町の方へ走りさっていきました。
シマ吉は、走るアカネの後ろすがたをぼうぜんと見送りました。ひきつったアカネの顔と、「きらい」の言葉が、頭の中をぐるぐるとまわっています。
(こわがられるかもって、かくごはしてたからな・・・。おれは、もとのいっぴきヘビにもどるだけ、へいきさっ)
シマ吉は、にじみ出そうになる涙をこらえると、空をあおぎました。そして、頭をぶるぶるとふると、田んぼの中にきえていきました。
それから、シマ吉がシイの木に姿をあらわすことはありませんでした。