まだまだ現役
作:田村理江
最近、ちょくちょく顔を出してくれるお客様は、土田さんという名前で、骨と皮ばかりの、百歳に手が届きそうな老人です。
「ああ、やっぱり、日本茶に限る。この店の茶は、うまい! 湯呑みも実に素晴らしい!」
ユナさんが丁寧にいれるお茶を、いつも大声で褒めてくれます。
陶芸に関心があるらしく、上質な『こんもり山の素焼き湯呑み』が大のお気に入りです。
今日も、ユナさんはその湯呑みを差し出しながら、
「私も好きなんですよ、これ。お茶の色が映えますね」
と、話し掛けました。
「ふむ。陶器の良し悪しは、土の質で決まるのじゃ」
表面をじっと見ていた土田さんですが、
「むむむ」
突然、うなりました。
「どうかなさいましたか?」
「湯呑みにヒビが入っておる」
「すみません、気づかなくて。すぐに新しいものに代えてきます」
揃いの器が、あと4客あるので、それに代えると、
「ぬぬぬ。こいつにも」
出すたびにヒビが見つかり、気付けば全てが壊れ物。
「おかしいわ。大切にしていたのに・・・」
お客様に不吉な思いをさせやしないか、まして、お年もお年だし・・・、
と気にするユナさんに、
「これは、最大のピンチ! わしの出番じゃ」
謎の言葉を残し、カフェから出て行ってしまいました。
そして、再び、ひと月後に現れ、手土産として、ユナさんに新しい
『こんもり山の湯呑みセット』をくれたのです。
土田さんは、
「山の見守り役を息子に任せたんじゃが、開発とやらで山が崩されそうになり、わしの助を求めに来よったんじゃ」
陶器のヒビは、息子の悲鳴なのだと言うのです。
「わしが開発主と交渉して、山は手付かずになった。めでたし、めでたし」
「・・・あなたは、いったい・・・」
「こんもり山の神じゃ。仕事は、まだまだ息子には譲れんのぉ」
豪快に笑って、帰って行きました。
新しい湯呑みはとても丈夫で、カフェ・ペパミント・スプーンのお客様に愛用されています。