『ライ麦畑でつかまえて』アナザーストーリー 作・田村理江
ドラ猫も歩かない裏通りの、ぶっ潰れそうな古いバー。冬の夜、オレはクソ面白くもない用事のために、そのバーへ向かっていた。
まぁ、用事ってのは、たいていはクソ面白くもないものなんだけどね。
とにかく寒く、はやく店に入りたかった。カウンターに座ったら、「ジントニック」と叫ぶだろう。安酒でキメられないようじゃ、
一人前の男じゃないからな。
ぼくは12歳で、この冬が終われば、退屈な中学が待っている。全寮制の男ばっかの進学校。
そいつのために百万冊の参考書を攻略して、百万円×いくらかの入学金を用意したなんて、ふざけた話だ。
おお寒い。ムートンの手袋をしてたって、コートのポケットに手をつっこまずにいられない。
けど、邪魔なんだよな、手袋が握りしめてる荷物が。
赤いリボンのついた小箱の中身は、最近ヒット中のアニメに出てくる猫のぬいぐるみで、腹のとこに彼女のイニシャルRが刺繍されてる。
どこにでも売ってるケチな代物だ。けど、女ってやつはリボンさえついてりゃ、中身が石ころだろうが大喜びするもんさ。
Rはオレの女かって? ふざけた質問だな、ただのクラスメート。
蜂にさされたようなほっぺたをした女の、どこに惚れるかってんだよ。
まわりのやつらがちやほやするから、Rは自分がイイ女なんだって勘違いしてやがる。くそくらえ。