「君も家出?」
聞くと、彼女は壁の額を指さした。
「私の家は、30年も前から、あそこ。たまに、こっちに来るの」
額にライトを当てると、真昼の浜辺を描いた油絵で、まん中に置かれたデッキチェアは、からっぽだった。
今度は少女にライトを向ける。清楚で可憐で、良いとこばかりでできたような姿をしている。
少女は微笑む。
「家出したのなら、あそこへ行けば?」
僕は少女に手を引かれ、額の前に立つ。少女が僕の背中をグイと押す。驚くほど強い力。
ハッとした次の瞬間、潮の匂いや眩しい太陽の光を感じ、腿の下には熱くなったデッキチェアの固さ。
東京では、皆が僕を探している頃か? この町のじいちゃん家にも連絡が行き、ここにも探しに来るかもしれない。でも見つからない。
僕は名も知らぬ彼女に「こっちへおいで」と呼びかける。
初恋を成就させる。それが僕の使命だと、今、気づいた。