オニの忘れた子守歌(1/6)

文・伊藤由美   絵・岩本朋子

「おっかちゃん、おかえり」
「ただいま、小糸」
ふたりは、まるで、長い年月、会わなかった者同士のように、小道の真ん中で、だき合って、笑いました。
「いい子だったかい、小糸?」
「うん」
母親と手をつないで、ぶらぶら、歩きながら、小糸は、その日にあったことを話します。

「きょうは、ばあちゃんと、さわへ行って、カニをつかまえたよ。おゆび、はさまれて、いたかったけど、小糸、泣かなかったんだよ」
おまつは、にこにこと、娘の顔をのぞきこみます。
「そうかい。えらかったね。でも、よくよく、気を付けるんだよ。さわに落ちたり、ヘビにかまれたり、しないようにね」

そして、いつも、決まったように、こう、付け加えます。
「おまえに、もしものことがあったら、おっかちゃんは、ただではいられないからね」
小糸は、母親の言う、「もしものこと」というのが、よく、分かりません。
そこで、あるとき、
「『もしものこと』ってなあに、おっかちゃん?」
と、聞いてみました。

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

岩本朋子 について

福井県福井市出身。同市在住。大阪芸術大学芸術学部美術家卒。創作工房伽藍を主催。伽藍堂のように何も無いところから有を生むことをコンセプトでとして、キモノの柄作りからカラープランニング等、日本の伝統的意匠とコンテンポラリーな日用品(漆器、眼鏡、和紙製品等)とのコラボレーションを扱い、オリジナルでクオリティーの高いものづくりを心掛けている。また、高校非常勤講師として教えるかたわら、福井県立美術館「実技基礎講座」講師を勤める。