正直な王様ハンス(3/3)

文・伊藤由美   絵・伊藤 耀

こうして、また、10年が過ぎました。ハンス王のもとで、人々は、みな、幸せでした。ただひとり、ハンスその人をのぞいては。
夜になると、ハンスは、こっそり、庭に出て、ぶらぶら、歩きながら、考え込むことが多くなりました。
そこには、森の魔女からもらった苗木が、ずいぶん、大きくなって、こずえを星空に広げていました。
ハンスは、それを見上げては、ため息をつきました。
「ああ、王女さま。いってえ、いつになったら、帰ってくるだ」
アウロラが鳥になって消えてから、木は一度も花を咲かせていませんでした。

ある月の美しい夜のこと、ハンスが、いつものように、庭を、ぶらぶら歩き、魔女の木の下まで来た時に、ふと、見上げると、こずえが白く、輝いていました。
「あれは何だ。雪だべか。いや、雪じゃねえ、あれは花だ」
その時、はるか、空の彼方から、鳥の群れが飛んでくるのが見えました。
正直王ハンス3
群れが木の上を通り過ぎる時、1羽だけがはぐれて、こずえの上に降りました。
たちまち、それは、女の人の姿になりました。女の人は、はあはあと息をつきながら、つぶやきました。
「ああ、私は、もう、これ以上は飛べない。ほんとうに疲れ切ってしまった。仲間たちは、どんどん、行ってしまう。どうしたらいいだろう。ここで、ひとりぼっちで、死ぬのだろうか」
ハンスは、優しく、呼びかけました。
「だいじょうぶ。ここでひと休み、なさればいいだよ。すぐに、温ったけえ、お茶を、用意させますだ」

女の人はハンスを見下ろして、首をかしげました。
「おまえはだれですか。それに、ここはどこだろう。私は、長い、長い旅をしてきました。そして、その間に、いろいろなものを見聞きしました。でも、今は、何だか、みな、おぼろげです。ただ、なぜだろう、ここには見覚えがある。それに、おまえにも」

ハンスは手をさしのべて、女の人が木から降りるのを手伝ってやりました。
女の人は、両足で、しっかりと、地面に立ちました。
「魔法が解けただね」
ハンスはにっこりしました。
それから、女の人の手を取り、ゆっくり、歩き出しました。
まだまだ、ぼんやりして、不安そうな女の人に話しかけながら。
「心配はいらねえだよ。まずは、ゆっくり、休みなせえ。おらが、ずっと、おそばについていますだよ。ああ、お帰りなせえ、アウロラ。おらの王女さま」

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

伊藤 耀 について

(いとう ひかる)福井県福井市生まれ。福井市在住。10代からうさぎのうさとその仲間たちを中心に絵画・イラストを描き始める。2019年からアールブリュット展福井に複数回入賞。2023年には福井県医療生協組合員ルームだんだん、アオッサ展望ホールその他で個展開催するほか、県内アールブリュット作家展に出品するなど、活動の幅を広げている。現代作家岩本宇司・朋子両氏(創作工房伽藍)に師事。HP:絵とおはなしのくに