あの子 ーーBOOK展2023より

文と絵・田村理江

「これこれ」
新聞委員としての最後の仕事は、嫌がられようが面倒がられようが、とにかくクラス全員に、自分の字でコメントを残してもらうことだったっけ。
「ふふふ、男子はほんとに一言、オッスとか、よろしく、とかばっかり。女子はまじめに将来の夢を書いているのに」

世界を駆け巡る仕事をしたい、と書いた自分のコメントがこそばゆい。貨物部とはいえ、航空会社に勤め、来年には無事に定年を迎えるのだから、夢は8割がた叶ったのかも。
「トロ君は何て書いたのかしら?」
35人分が並んだコメントを、順に読んでいく。長い空白があっても、次第に名前と顔が一致してくるものだが、一人だけ、記憶から外れた名前があった。

遠井彼方君って、誰だっけ?
消去法でいくと、これがトロ君の本名ということになる。小さな丸い文字で、
「ときどきは、思い出してほしいな」と書かれていた。男子にしては丁寧なコメントだ。
「そうか、あの子、遠井君だっけ。新聞委員で、赤いメガネ、茶色っぽい巻き毛で、どことなく洋風な感じの可愛い子・・・」

律子は同窓会が楽しみになった。後日、届いた案内状には、『珍しくクラス全員が参加、お楽しみに!』と書き足されていた。トロ君も来る。
そう思うと、お洒落に力が入った。

田村理江 について

(たむら りえ)東京都生まれ 成蹊大学文学部日本文学科卒業。日本児童文学者協会第15期文学学校を終了。 第6回福島正実記念SF童話賞を受賞して、『ガールフレンドは宇宙魔女』(岩崎書店)を出版。 児童書の作品に『リトル・ダンサー』(国土社)、『夜の学校』(文研出版)、『魔の森はすぐそこに・・・』(偕成社)など。絵本の作品に『ふなのりたんていラッタさん』(フレーベル館)、『ハンカチのぼうけん』(すずき出版)など。 HP:田村理江のページ