いすから去った王子(5/7)

文・伊藤由美   絵・伊藤耀

王様は、貴族たちといっしょに、さじきにすわり、飲んだり、食べたりしながら、見物します。
美しく着かざったご婦人たちは、ごひいきの騎士に、ハンカチをふって、おうえんします。
「私の騎士どのは、だれより、お強いわ」
「いえ、私の騎士様が一番よ」
町や村々から集まってきた人々も、めったにない、このすばらしい見世物に、すっかり、こうふんしています。

「えー、水はいかが! 冷たい、おいしい井戸水だよ!」
「とりのあぶり焼きだよ! 今朝、しめたばかりの、わしん家のとり!」
見物客を目当てに、物売りのテントは、どんどん、ふえていきます。

王子は死ぬほど疲れ、それでも、気を失って転げ落ちないように、いすをつかみ、やっとの思いで、体を起こしていました。
人々は、そんな王子のことなんか、てんで、お構いなしです。

そうぞうしい一日の終わり、王様は、はるばる、試合におとずれた騎士たちに、黄金のうで輪や、ピカピカのよろいかぶとや、ごうかなマントなどを、おしみなく、プレゼントしました。
「わが王女とワタリガラスの王子とが、あと、数日で、結婚することになる。みな、祝ってくれ」

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

伊藤 耀 について

(いとう ひかる)福井県福井市生まれ。福井市在住。10代からうさぎのうさとその仲間たちを中心に絵画・イラストを描き始める。2019年からアールブリュット展福井に複数回入賞。2023年には福井県医療生協組合員ルームだんだん、アオッサ展望ホールその他で個展開催するほか、県内アールブリュット作家展に出品するなど、活動の幅を広げている。現代作家岩本宇司・朋子両氏(創作工房伽藍)に師事。HP:絵とおはなしのくに