いすから去った王子(6/7)

文・伊藤由美   絵・伊藤耀

なんと、ワタリガラスの王子が、ふらりと、いすから立ち上がり、歩き出したのです。
「大変だ!」
ラッパ吹きの声に、お城の人たちは、窓辺にかけよりました。
「わあ、どうして⁉」
人々はさけびました。

さわぎに気が付いて、外を見た王様も、こしをぬかすほど、おどろきました。
「ど、どうしてじゃ⁉」
王様は、あわてて、お城から転げ出て、ワタリガラスの王子にすがりつきました。

「どうしたのじゃ、王子殿。日が落ちるまで、あと、数時間のしんぼうではないか! なぜ、今になって、こんなことを? わしの顔にどろをぬることになるのだぞ! いや、わしはよい。わしのかわいい王女の評判をどうしてくれるのだ⁉」
王子は、黒く、ただれた顔をゆがめて、にんまりしました。
「どうしてかって? 私はいすにすわっていることに、ほとほと、あきたからでございます」

「何を言っておる! 今からでもおそくはない。早く、いすにもどるのじゃ。今のことは、見なかったことにするぞ。みなにも、忘れるよう、きつく、命令しよう! たのむ。もどってくれ!」
「いえいえ、何と申されようと、私は、心底、あきあきしたのでございます。身勝手なあなた様にも、木で鼻をくくったような王女様にも」

「なんとむごいことを! ゆるさぬ! 絶対にゆるさぬぞ!」
じだんだふんで、くやしがる王様を残して、ワタリガラスの王子は、ふらふらと、去って行きました。

 

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

伊藤 耀 について

(いとう ひかる)福井県福井市生まれ。福井市在住。10代からうさぎのうさとその仲間たちを中心に絵画・イラストを描き始める。2019年からアールブリュット展福井に複数回入賞。2023年には福井県医療生協組合員ルームだんだん、アオッサ展望ホールその他で個展開催するほか、県内アールブリュット作家展に出品するなど、活動の幅を広げている。現代作家岩本宇司・朋子両氏(創作工房伽藍)に師事。HP:絵とおはなしのくに