ある日の昼下がり、リスくんが、町のはずれをとぼとぼと歩いていました。
リスくんは、ラーメン屋さんの「イノシシけん」で働いています。このお店のラーメンはおいしいと町でひょうばんです。
でも店長のイノシシはおこりっぽくて、こわいのです。
けさもイノシシ店長に、ねぎのきざみかたが悪いと、リスくんはおこられてしまいました。
「いっしょうけんめいやってるのに、店長ったら、きついいい方ばかりするんだから」
リスくんは、くやしくてたまりませんでした。
気分はすっきりせず、大きなしっぽが、だらんとたれさがったままです。
そのとき道の向こうから、のんびりした声がきこえてきます。
「えー、いらんかねえ」
このあたりでは見かけないヤギさんが、大きなふろしきを背負って歩いてくるのが見えました。
「つけものはぁ、いらんかねえ」
「つけものかあ、おいしそうだなあ」
リスくんは、かけよっていきました。
「へーい、いらっしゃーい」
ヤギさんはゆっくりと荷物をおろし、みちばたにたるをならべだしました。
「ねえねえ、どんなつけものがあるの?」
「たくあんにきゅうり、なんでもあるよ。それに、うちはなあ……」
ヤギさんは白いヒゲをなでながら、じいっとリスくんを見ました。
「お客さんがもってきてくれた材料でも、つけものにできるんじゃよ」
「それじゃあ、うちのお店からニンジンをもってこよう」
リスくんは、かけだそうとしました。
「お客さん、おまちなさい。ワシのつけものは、野菜でなくてもできるんじゃよ」
ヤギさんは、たるのふたをあけました。
「じゃあ、木の実とかをつけるの?」
「いいや、ことばじゃよ」
「ことば? え、なにそれ?」
リスくんは、大きな目をさらに丸くしました。
「ワシは、ことばもつけものにできるんじゃ」
ヤギさんは、リスくんに茶色のビニール袋をわたしました。
「この袋を口にあててなあ、何とかしたいことばやなおしたいことばをしゃべってごらん」
「そうしたら、どうなるの?」
リスくんは、袋を太陽にすかしてみました。中はなにも入っていません。
「つけものにかわるんじゃ。それを食べるとなあ、なおしたいことばが、自分の希望するようなことばになって、口からでてくるのじゃ」
「へえ、すごいや。でも、ぼくのなおしたいことばっていうと・・・」
リスくんは、うでぐみをしました。
リスくんは、袋を口にあてました。イノシシ店長のことを思い出すと、思わずよわよわしい声が出てしまいました。
「ぼく、いっしょうけんめいやってますぅ」
すると袋が少しふくらみました。リスくんは、それをヤギさんに差し出しました。
「へーい。お客さんは、なかなかいいたいことがいえないんじゃな」
「うん、イノシシ店長がおこりんぼだから」
「そうかい。では、これにしようかのう」
ヤギさんは、黄色のたるのふたをあけました。
「お客さん、早くためしてみたいかい?」
「うん、食べるとぼくのことばは、どうなるのかな。どんな味がするのか食べてみたいよ」
「じゃあ、浅づけにしてみるかのう」
ヤギさんは、たるから黄色いぬかを少しつまみ、袋の中に入れ上下にふりました。
シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ。
「ほーら、できたよ。お客さん」
ヤギさんは、リスくんに袋をわたしました。
袋をあけると、ちいさな黄色いたくあんが一切れ入っています。
「へえ、ことばって、つけものにするとこうなるんだ」
リスくんは、口にほうりこみました。
「からくて、おいしいね」
「これはカラシづけで、いいたいことがしゃきっとしたことばでいえるようになるんじゃよ」
「ん? なんか元気がでてきたぞ。よーし、きょうこそ店長にはっきりいってやる!」
リスくんのしっぽが、ぴんとしてきました。
「なおしたいことばがあれば、またおいで」
「ありがとう! ヤギさん」
リスくんは、かけだしました。
「お客さーん、いまのは、浅づけじゃから、ききめは弱いよ、おーい、きこえとるかねえ」