でも、いまでは、とても、楽しみだ。
足の向くまま、気の向くまま、目的地は風まかせ。
色づき始めた稲穂広がる田園地帯を駆け、蝉しぐれ降りそそぐ山を越え、いくつものトンネルを抜けると、わぁーお、目の前に、海!
毎年、海には出会っているのに、ついつい、わくわく、してしまう。のは、水平線の向こうには、何かが、きっと、待っている、とガキんちょの頃、とうちゃんにさんざん聞かされた歌のせいか?
なんて思っているうちに、・・・というか、歌を口ずさんでいるうちに、海辺の町も後ろに流れ・・・。
いつの間に迷い込んだのだろうか、ここは、どこ? 思わず聞きたくなるような、町中の細い街道だった。
よって、郊外みたいに、スピードは、出せない。
黒くて、高い、板塀に沿い、走っていると、声がした。
「エエエエエッ」
「んっ?」
相棒から降りてみる。
「エエエッ、なぁご」
少し先の方からだ。
「ぼくを、呼んでるのか?」
つぶやくと、
「エエッ、なあご」
黒い板塀のある家の、門の辺りから、小柄な猫が姿を現した。
足の先と胸に白い毛の混じった黒猫だ。
「やあ! 君は、ここの子?」
門柱にかかる表札には、『猿神』とある。
「なぁご」
肯定するように鳴き、見上げる猫に、
「そっか。きみは、猿神家の猫さんか」
納得し、しゃがんで視線を近づける。
「どうかした?」
と、猫は、軽く視線を受け止めてから、向きを変え、歩き出す。時折、短い尻尾をピコンと振って、こちらを振り返る。そんな動作を繰り返す。
ついて来いって?
「ちょっと、待っててな」
相棒を表に残し、
「おじゃまします」
門をくぐったぼくは、恐怖にひきつった。
蠢く何かを、目にしたからだ。
真っ赤な両手を突き出して、ソレは、こっちに近づいてくる。