ぼくは、ちび夏と別れなきゃならなかった時のことを、思った。
ちび夏とは、ほんの短い間、一緒に過ごしただけだけど、ちび夏を残していく時の、さみしくてさみしくて胸がビリビリするような気持ちは、いまでもしっかり覚えてる。
でも、ぼくは、毎年、修行の旅の最終ゴールを、ちび夏のいる湖水村に決めているから、今年も、会える!
そして、ちび夏の温かいお腹に、ぱふぱふと顔をうずめたり、背中に顔をくっつけて、ぐるぐると柔かくのどを鳴らす音も、聞くことができる。
けれど、あいつも、山野辺さんも、もうパピの温かいお腹に顔をうずめることはできないんだ・・・。
「あの・・・、あいつには、知らせなくても?」
「うん。そうだな・・・、でも・・・、いいと思う。ずっと、会ってないし・・・。会えるかどうかも、わからないし・・・」
山野辺さんの、歯切れが、急に悪くなる。
そんな時、追求しないのが、武士の情け。
「わかりました。・・・そろそろ、行きましょう」
山野辺さんを促して、
「案内を頼むな」
と、ぼくは、パピに声をかける。
口を一文字に結び、山野辺さんが立ち上がる。
両の手は、固く握られている。
わかってはいても、そのことを感じてはいたとしても、やはり、冷たくなったパピに会うのは、つらいにちがいない。
ぼくだって、もし、ちび夏がって想像しただけで・・・、だめだ。
だから、山野辺さん、昨日は、から元気、出していたんだ・・・、今頃になってやっとわかった。
長い尻尾をピンと立てたパピの後に、覚悟したように背筋を伸ばした山野辺さん続く。
見ていたら、鼻水がでそうになった。
ティッシュがないのでずずっとすすってついて行くと、明るい場所に出た。
木々の間にぽかりと開いた丸い形の広場のようなその場所には、小さな祠がまつられている。
祠の傍には、緑や黄緑色の実をつけた木が繁り、両腕を広げたほどの直径の泉があって、そのほとりには、白、青、薄ピンクの花々や、薄い緑のネコジャラシ。
浅いけど、澄んだ泉の底では、細かい砂粒が舞っている。