オニの忘れた子守歌(3/6)

文・伊藤由美   絵・岩本朋子

ところが、20日を少し過ぎたころに、吉野山の行者が、ひとりで、村に現れたのです。
柿色のけさに黒頭巾。
がんじょうなつえをたずさえ、手にはじゅず、こしにはつるぎ、背中には笈(おい)というお経入れの箱をせおっています。
肩からぶら下がるほら貝の、何と、大きなこと!
山伏(やまぶし)とも呼ばれるこのお坊さんたちは、山にこもって、長い、きびしい修行をつみます。
その結果、風のように早く、歩くことができたのです。

「何ちゅう、速足だべや!」
おどろく村人に、
「われは人の道は通らなんだ。お使いの手紙を読み、これは急いだほうがよかろうと思い、吉野山から木曾(きそ)、飛騨(ひだ)、関東から陸奥(むつ)へと、山の峰みねを伝って、旅してまいった」
と、大声で、ガンガン、答えました。

何とも、たのもしいお坊さんです。
「事情はあいわかった。わしに任せるがよい。み仏のお力で、ふらちなオニを退治してくれようぞ。あんどして待たれよ」
そう言うなり、
ブォーン!ブォブォーン!
行者は、高らかに、ほら貝を吹き鳴らしました。

「オーン キリキリ オン キリキリ!
アビラウンケン ソワカ!」
ジャラジャラと、じゅずを鳴らし、カツカツと、高げたの音をひびかせて、行者は山に入って行きます。
「ナウボバギャ バディ アバエンキャシャ アダギャタヤ ソワカ!
喝(かぁーつ)!!」

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

岩本朋子 について

福井県福井市出身。同市在住。大阪芸術大学芸術学部美術家卒。創作工房伽藍を主催。伽藍堂のように何も無いところから有を生むことをコンセプトでとして、キモノの柄作りからカラープランニング等、日本の伝統的意匠とコンテンポラリーな日用品(漆器、眼鏡、和紙製品等)とのコラボレーションを扱い、オリジナルでクオリティーの高いものづくりを心掛けている。また、高校非常勤講師として教えるかたわら、福井県立美術館「実技基礎講座」講師を勤める。