ジロとドロとヴァイオリン(1/7)

文と絵・すむらけんじ

あれっ、また食べられちゃったよ。
ドロのやつ、よっぽどおなかをすかせてたんだな。でもあつかましいよ。よその家にずかずか入ってきてさ、ボクのごはんをぺろったいらげて、ぎょろっとボクをにらんで出ていってしまうんだもの。
ジロドロ1バスルームのドアの下にボクのお茶わんがあるんだけど、りつ子さんが足もと見てギョッとしたのもとうぜんだよね。はしらのかげでボクがぼけっと見てるので、りつ子さんはそれにもはらをたてるんだ。
「ジロったら、なんてなさけない子なの!『これはボクのごはんだよ』って、どうして立ちむかって行かないの? あんたのママって、とってもきしょうがはげしかったときいているけどね」

ご主人のチェーザレ氏がしゅっちょうからもどって来た。
大きなスーツケースをどんと玄関におくと、ボクをだきあげてくれる。そしてタワシみたいなほおを、ボクのかおにすりよせていった。
「ジロ、ぼくのるすのあいだもいい子だったかい?」
りつ子さんは、まってましたとばかりまくしたてる。
「あなた、あのドロボウネコのことおぼえてる? ほら、ここまでずかずか入ってくるのよ。しんじられる? きれいに食べてしまって、『もう、くうものはないのかよ』と言わんばかりにあたしを見あげるの。スリッパをふり上げたら、すごいかおでハーッとやったので、ぞっとしたわ。それからわがものがおでゆっくりと出ていくの。かんぜんになめちゃっているのよ」
だれだってドロを見たら怖くなってしまうよね。 かおはんぶん黒であとのはんぶんが白で、はなのところがぐちゃぐちゃっとして、うすきみわるいみどり色の目でにらまれたら、ふるえあがってしまう。
チェーザレ氏はびっくりしたような、おもしろがっているみたいにきいていたけど、
「入ってこれないようにドアをしめてしまえば、かんたんじゃあないのかい?」
「いつもってわけにはいかないわ。ジロは外に出たり入ったりするのがだいすきなの。お庭であそんでいると、お友だちもくるようだけど、ドロがやってくると、みんなどっかへ行ってしまうみたい」
「入り口にレモンの皮を山盛り置いておいたらいいだろ」
「普通のネコならレモンの皮はいやがるけど、ドロには通用しないわ。逆にジロがは入れなくなっちゃうわ」
「そうだな、それは困るな。しかし、そのドロってやつは、のらねこなのかい?」
「そうじゃないのよ。れっきとしたかいぬしがいるの。いたっていうべきなのかしら。ワイン店のよこを入ってつきあたったところのアパートにすんでいるガティーニっていう家のネコなの。ワイン店の主人がそんな話をしてくれていたとき、ぐうぜん、当のガティー二の奥さんがお店に入ってきたの。そこで、あたし勇気をだして言ってやったのよ。

すむらけんじ について

山口県出身。東京芸大工芸科卒業後、富士フイルム宣伝部に勤務。その後イタリアへ。ミラノで広告、パッケージののためのイラストレイター(フリー)として現在にいたる。 趣味は旅行、クラシック音楽、とくにオペラ。ミラノで4匹目の猫を飼っている。自分の描いたイラストを入れて、猫をテーマに短い物語や生活のことを書きたい。