ハトのオイボレ、最後の冒険(5/8)

文・伊藤由美   絵・伊藤 耀

「それもいいかもしれないなあ、あんたといっしょなら。だけど、もう一度、もう一度だけ、試してみたいんだ」
「試すって、何を?」
ハトはふり返りました。
その目の先には、デッキの手すりで、こそこそ、ささやき会っている仲間たちではなく、たたみかけるように並び立っている都会のビルでもなく、ぬけるような秋の空がありました。

「私は、ずっと昔から、あの遠い山々のことを知っていたんだ。行ってみたいと思ったことさえあるんだよ。なのに、一度だって、ほんとうに行こうとはしなかった。行くには、危険がいっぱいだからね。とちゅう、私たちをねらうトンビやカラスもいれば、もっと危険なタカやハヤブサだっているだろう。わたり鳥たちならわけのないきょりでも、私のような町しか知らないドバトには、死をかけたおそろしい冒険だ。そうこう、ためらううちに、こんな年になってしまった」
ハトは、クッククと、笑いました。

「ばかばかしいじゃないか。今度の寒さはこえられないだろうという今になって、やっと、あの山まで行ってみようという気になったんだからねえ。せっかくのその勇気を、また、ぬくぬく安全に暮らしたい気持ちに引っ張られて、失ってしまうのはいやなんだ。やってみたいんだよ、最後の最後、生涯(しょうがい)のしめくくりにね」
「ふうん。そんなに言うんだったら、もう、止めないよ。で、いつ、出発するつもりだい?」

伊藤由美 について

宮城県石巻市生まれ。福井市在住。 ブログ「絵とおはなしのくに」を運営するほか、絵本・童話の創作Online「新作の嵐」に作品多数掲載。HP:絵とおはなしのくに

伊藤 耀 について

(いとう ひかる)福井県福井市生まれ。福井市在住。10代からうさぎのうさとその仲間たちを中心に絵画・イラストを描き始める。2019年からアールブリュット展福井に複数回入賞。2023年には福井県医療生協組合員ルームだんだん、アオッサ展望ホールその他で個展開催するほか、県内アールブリュット作家展に出品するなど、活動の幅を広げている。現代作家岩本宇司・朋子両氏(創作工房伽藍)に師事。HP:絵とおはなしのくに