「それもいいかもしれないなあ、あんたといっしょなら。だけど、もう一度、もう一度だけ、試してみたいんだ」
「試すって、何を?」
ハトはふり返りました。
その目の先には、デッキの手すりで、こそこそ、ささやき会っている仲間たちではなく、たたみかけるように並び立っている都会のビルでもなく、ぬけるような秋の空がありました。
「私は、ずっと昔から、あの遠い山々のことを知っていたんだ。行ってみたいと思ったことさえあるんだよ。なのに、一度だって、ほんとうに行こうとはしなかった。行くには、危険がいっぱいだからね。とちゅう、私たちをねらうトンビやカラスもいれば、もっと危険なタカやハヤブサだっているだろう。わたり鳥たちならわけのないきょりでも、私のような町しか知らないドバトには、死をかけたおそろしい冒険だ。そうこう、ためらううちに、こんな年になってしまった」
ハトは、クッククと、笑いました。
「ばかばかしいじゃないか。今度の寒さはこえられないだろうという今になって、やっと、あの山まで行ってみようという気になったんだからねえ。せっかくのその勇気を、また、ぬくぬく安全に暮らしたい気持ちに引っ張られて、失ってしまうのはいやなんだ。やってみたいんだよ、最後の最後、生涯(しょうがい)のしめくくりにね」
「ふうん。そんなに言うんだったら、もう、止めないよ。で、いつ、出発するつもりだい?」