「わぁ」
結那は声をあげると、お母さんの顔を見つめました。
キュッと結んだ口から、期待がのぞきます。
「どうぞ、全部お食べください、お姫さま。アンジさんが、結那にってくれたものだから、気にしないでいいよ。形くずれてるし、中身が少なくなっちゃってるけど、味はいっしょだからおいしいよ」
アンジさんとは、お母さんが働く「ふんわりパン」の店主です。
あんこが絶品と評判のお店なので、あんこのおじさんをりゃくして、みんな、アンジさんと呼んでいます。
おどけた口調のお母さんに安心した結那は、袋からクマのパンを取り出しました。
ほんのりと、はちみつの香りがはなをくすぐります。
焼いたときにゆがんでしまったのでしょう。クマの顔は、角ばってぷっくりふくらんでします。
「こっちはお母さん」
結那は、パンダのパンをお母さんに手わたしました。目のまわりの黒が少しずれてしまい、片目をあげたような顔つきです。
「ありがとう。でも、いいの?」
「うん、お母さん、給食も食べていないでしょ」
結那の言葉に、お母さんの目尻がやさしく下がりました。
「じゃあ、いただきます。でも、このパンダ、人相悪いね~」
「悪パンダ、だね。悪はやっつけなきゃ。お母さん、食べちゃえ~」
結那はお母さんと顔を見合わせ、笑い合いました。そして、二人でパンを口に運びました。
そのときです。アパートのドアのカギを回す音が室内にひびきました・・・。