そのときです。
アパートのドアのカギを回す音が室内にひびきました。
キッチンが玄関に面している作りのアパートなので、結那(ゆいな)たちから、カギが回る様子は直接目に入ります。
「結那、パン、袋にもどして。お出かけ用のバックに入れて」
お母さんの緊張した声に、結那は急いでパンをしまい、背すじをのばしました。
「腹へったなぁ、何かないか?」
ドアを開けたのは、結那のお父さんでした。
「あら、あなた。お仕事、今日早かったのね」
お母さんは、急いで玄関先に向います。
「はあ? おまえ、ばか? 外回りに決まってるだろう。おれは優秀だから、5時までに戻ればいいんだよ。それともなに? おれが帰ってくると困ることでもあるわけ?」
お父さんは、首をななめにかたむけ、たたみかけるように言葉を重ねます。そして、お父さんのスリッパを出そうと背中を向けたお母さんに、「チッ」と舌をならしました。
お父さん、機嫌悪い・・・。
「・・・ご、ごめんなさい」
お母さんは急いでスリッパを並べました。そしてキッチンに立つと、ごはんを作り出しました。