「いや・・・やっぱ、ムリ。ムリだって」
右手でつまんでいるバッタを手に、秋斗はうなっていた。
つかまえたショウジョウバッタのユーモラスな顔が、こまったように自分を見ている、ような気がした。ピイが家に来るまでは、秋斗の遊び友だちだった。虫取りあみを振り回し、つかまえて虫かごの中にしばらくいてもらっては、夕方には草むらに帰ってもらう。
そういう風にして毎年夏に遊んでもらっていた。そんなバッタに、今から自分のすることといえば客観的に見てひどいことだ。
実行しなくてはならない。何度かなやんで、やりかけた。しかし、ゾッとしてしまってダメだった。おくびょう風が秋斗の気持ちをもてあそんでいた。
秋斗はついに、たよらずにおくつもりだったお母さんに助けを求めることにした。
「お母さん、・・・あの、これ」
「バッタね。シソの葉食べちゃうから、つかまえてくれて助かるよ」
見せに行くとお母さんはのんきに返事をした。お母さんがこっそりとスズメの育て方を調べているのはもうわかっていた。だから、秋斗がしてほしいことも理解しているはずなのに、てんで気づかないふりをしている。
「ピイにあげるんだ、これ」
「うん、いいんじゃない。丈夫(じょうぶ)な体を作るのに、こん虫も必要だって書いてあったもんね。エサやり終わったらなにする予定?」
「あ、うん。宿題するんだけど。これ、バッタ」
「ピイにあげるんでしょ? あげてきなさい」
「足が、ノドに引っかかるかもしれないって。虫が暴れたら大変だって」
「うん、そうだね。取ってあげなさい。胴体(どうたい)をおさえて、足をちぎるの」
「え、だって・・・」
「自分でやりなさい。ピイのために」