お母さんはそれきり何も言わなかった。カッとほほが熱くなった。はずかしさと受け止められなかったあまえとわがままが、いら立ちになってふき出した。
「なんでだよ! そのくらいやってくれたっていいじゃん。お母さん、何もしないんだから!」
「秋斗が世話をするんでしょう。お母さんは手伝わないっていったよね」
その声は、おこってなんかいなかった。けれど秋斗はお母さんのおだやかな声で、ぴしゃりとほほをはたかれたような気がした。
「ひとりでできるよ! お母さんのバカ!」
できないことなんてない。できる。こわくない。
呪文(じゅもん)のようにとなえ顔を真っ赤にして、秋斗はバッタをにぎったままピイの待つげんかんに向かった。
ピイ、ピイ、ピイ――。
秋斗の気配を感じると、ピイは声高にさえずる。古い小鳥の保育ケージのふちに走りよって、大きくクチバシを開きエサをねだって鳴く。
顔を覚えてくれているのだろう。
おなかをすかせたピイの真っ黒な瞳は宝石(ほうせき)のようだ。
あたたかな小鳥にそっとふれて手に乗せて、なでてやれたらどんなにうれしい心地になるだろう。けれど、それは精一杯(せいいっぱい)のガマンでたえていた。約束だった。かわいがらない。
初めはなっ得いかなかったものの、今ではそれがピイのためだと秋斗にもなんとなくわかっていた。ピイが巣立った時に、もしだれか悪い人につかまってきずつけられたり、とじこめられたりすることなんて考えたくもなかった。