「オレは、お母さんなんだ」
自分を勇気づけるようにつぶやいた。
右手につままれたままこまり果てているバッタに謝り、そっとかべにおしつける。くの字に曲がった足を、秋斗は――、引っ張った。
「ごめんな」
虫はなんとも鳴きはしなかった。そのしゅん間悲鳴をあげたのは、秋斗の胸だけだった。けれど、それをたえて半分なみだ目のまま、後ろ足をむしったバッタをピンセットにはさみ、はらを減らしたピイに差し出した。
ピイ、ピイ、ピイッ!
またたく間に真っ赤な口の中にとらえられて、バッタは子スズメの昼食になった。初めてあたえた生き餌(え)に、ピイはおどろくほど大よろこびした。まだまだほしいとねだるように、秋斗に向けてぱっくりと口を開ける。
早くすり餌を作っておなかを満たしてあげなくては、そう思いながらも、秋斗はどきどきする胸をおさえてズルズルとその場にすわりこむ。そしてポツリと言った。
「お母さんって、大変だ」
バッタにざんこくなことをしたのと同じ手で、秋斗はピイを喜ばせた。
緑色のくの字だけが残された出まど。秋斗はそれから五分後に、すり餌のためのお湯をわかしにトボトボとリビングに向かったのだった。