ピイの飛んだ空(7/8)

文・七ツ樹七香  

「うわっ! 飛んだ」
秋斗の家に来て11日目のことだった。
保育ケージを開けると、ピイはせわしなく羽ばたきながら飛び出して、フローリングへの着陸に成功したのだ。

「お母さん! 飛んだ! 見て!」
大声で秋斗はお母さんをよんだ。
何事かと見に来たお母さんは、ピイが勢いをつけた数歩ののちに、不器用な羽ばたきで少しばかり飛び上がるのを確認(かくにん)すると、秋斗と同じぐらい大喜びした。当初の宣言通り世話こそしないものの、今ではお母さんも秋斗のよき協力者だった。

ピイはといえば大きらいなお母さんの登場にパニックで、げんかん方面によろけて飛んで、クツの中に落っこちた。秋斗があわててピイをつかまえにいくと、お母さんはごめんごめんと言いながらろうかの角にかくれ、そっと親指を立てて秋斗に向けてつき出した。

「すごいな、ピイ。お前、もう飛べるんだ」
秋斗は自分の育てた子スズメの快挙に感無量だった。
その日から、ピイは毎日飛ぶ練習を試みるようになった。小さな段差(だんさ)を飛びおりるのだってちゅうちょせず、二日もたてばげんかんを飛び回るピイをつかまえるのがむずかしくなってきた。

シューズケースの一番上に飛び乗ってごまんえつのピイは、おなかが減るまでおりて来ずに秋斗をうんざりさせた。茶色くてふわふわの体はもうスズメそのもので、ヒナの証といえば、くちばしに黄色味が残っているぐらいのものだ。

七ツ樹七香 について

(ななつきななか)熊本県出身。「ピイのとんだ空」で第30回日本動物児童文学賞優秀賞。 「ラスト・オテモヤン」で第41回熊本県民文芸賞小説部門一席を受賞。熊本日日新聞に全10回連載され好評を博す。本作は朗読CD化、熊本県内数カ所の図書館で視聴可能。 ほか、第1回西の正倉院みさと文学賞 佳作、集英社WEBマガジンコバルト がんばるorがんばらない女性小説賞大賞、第16回深大寺恋物語 調布市長賞など。 共著に『謎解きホームルーム2』『恐怖文庫』『感動文庫』(いずれも新星出版社)動物が好き。犬と小鳥と暮らしている。