はな歌まで口ずさんでいるのは、よっぽどのごきげんらしい。うまくウエディングドレスが仕上がったのだろうね。さっそく僕はしっぽを立てて、さいこうに情感をこめて、おくさまの足もとに体をすりよせたのだった。
「あらまあ、ごめんね。マーポのことすっかりわすれていたのよ。もう、仕上げに夢中だったものだから」
彼女はつんであったネコ用のカンヅメを開けようとして、ふと手をとめると、歌うようにいったんだ。
「あらーッ、昨日のトリのペット(むねのところ)残っていたのをすっかり忘れてたわ。マーポうれしい?」
うれしいともさ。やれやれ、食べものはほしょうされた。ステッラが冷蔵庫をあけてラップをかけた皿を取りだし、ごそごそじゅんびをはじめたときである。ぼくは、すきっぱら抱えて、台所の中を、せかせかあっちに行ったりこっちに行ったりしていたんだけど・・・。
わが目はある一点にくぎ付けになった。サロンのドアが・・・いつもはきっちりとしまっているのに、意外! ひらいているのだ。たった5センチたらずのすきまだけど、たしかにあいているのだ。ステッラはトイレに行くときだって、ガチャンとかならずしめるとっても用心ぶかい女なのに、これはいったい・・・魔がさしたとしかいいようがないではないか。
・・・ちいさいあたまを突っこんでドアをおしあけ、ぼくは中をのぞきこんでいた。一度は入ってみたかったサロン。それがせつなるがんぼうだった。こんな小さな家なのに、マーポ禁断の部屋があるとはぜったいにゆるせない! 気になるのはとうぜんではないか。いや、どんなところか知るけんりがあるのだ。このチャンスをのがせるもんかと、ぼくは足音をしのばせて中へ入って行ったのである・・・。
でも、期待はうらぎられた。ただのありふれた部屋だった。ソファーがあり、ひくいちいさなテーブルがあって、糸やハサミやアイロンなど、商売道具があり、そして白いぬの切れがつみ上げられていた。
大きなテーブルがあり、ここでステッラは仕事をするのだろう。そして小さな機械も。これがミシンというやつにちがいない。部屋のそとからぼくはジクジクジーッと機械の動く音を毎日きいていたのだ。あのかすかな音がいつもぼくのこまくをしげきし、なぞめいた世界をそうぞうさせていたのだった。どれどれとミシンの上に飛びのろうとしたときだ、台所のステッラの声がきこえた。
「マーポ、ご飯のじゅんびができたわよー。いらっしゃーい」
声につられてドアの方にふりかえったときだ。ぎょっとして体中の毛がさかだった。部屋のかどに白い衣類をまとった一人の女が、ちょくりつふどうのかっこうで立ちふさがっていたのだった。女にはクビがなかった。クビなしの白いドレスの女。ぼくがキバをむき出し、ハーッとやったときだ。
「マーポッ、あっ!」
つんざくようなステッラの声といっしょに、ぼくは女にとびかかっていた。不思議なことに首なし女は抵抗もせず、さけび声もあげず、ただゆらゆらと前後左右にゆれただけだった。胸のかざりのところに僕のツメがくいこんだ。女の体はかたくつかみどころがなく、そのため前足は衣装に食いこんだままで布がびりびりっとさけていった。
「マーポッ!」
血相かえて飛び込んできたステッラは、ぼくをとらえ、レースにひっかかったツメをはずそうとしたが、死にものぐるいで身をよじっているんだから、白い布はさけていくばかりなのだ。