私は今、あの人の文字を思い出しながら、あの人の名前で、私宛ての手紙を書いています。書いているうち、あの人がどんな風に私を見ていたのか、なんとなくわかってくる気がします。
意地っ張りで、気分屋で、面と向かえばおチャラけた会話しかしない若い私。あの人が私から離れていったわけが、今なら納得できそうです。
でも、今日の手紙の締め括りは、あの人の少し大きな文字で、こう書かせてください。
「結婚してください」
私は、いっきに最後まで書き上げ、満足して、手紙を長いカーディガンのポケットに滑り込ませました。
同時に、店のドアが開きました。草臥れたような風情の男性が、杖をつきながら入ってきます。
そして、
「生涯にたった一人、忘れられない女性への手紙を書いてほしい」
と、頼んできました。
「たった一言でいいのです。『一緒に居たい』と」
はいはい、わかりましたよ、と私はいつもの通り、軽くうなずきました。お相手の文字を拝見。古い黄ばんだ葉書は、女性にしてはそっけないハンコだけの賀状でした。ハンコの横に、いい加減な文字で「今年もよろしく」と書き流してあります。
私は、まっ白なレターペーパーを広げ、自分自身の文字で書き始めました。
「これからの人生を、あなたと一緒に過ごしたいです。ずっと忘れずにいました」
筆を止め、顔をあげたら、お客様と目が合いました。
おやまぁ、シワだらけな顔になったこと。
けれど、その奥に変わらない綺麗な瞳。私だって気づいていましたよ。お客様が入ってきた瞬間から、「あの人」だってことに。