ドイツにおけるトルコ人家族の女の子が主人公になった絵本、『シリンはクリスマスツリーがほしい』(ハビブ・ベクタス著 1991年刊)を前回「ドイツのトルコ人家族のクリスマス」で紹介しました。この作品、演劇作品にもなっています。その背景を少し紐解いてみましょう。
◆家庭の中の文化受容の物語
ドイツは第二次世界大戦後の経済復興のときに労働者不足を補うため、トルコなどから人々を一時的な働き手として呼び込んだことがあります。しかし、彼らはトルコに戻ることなく、さらに家族を呼び寄せ、定住する人も多いでした。今では狭義の「ドイツ人」が少数派になっているような学校さえあります。
言うまでもなくドイツはキリスト教圏の国です。ムスリムであるトルコの人々にとって様々な文化的、宗教的な違和感を抱くことも多いでしょうし、実際の生活の中で摩擦が起こりやすいことは容易に想像がつきます。
作品のあらすじは前回をご覧いただくとして、このお話はドイツ生まれと思われる主人公シリンと、トルコで生まれ育ったと思われるお父さんが、家庭内でキリスト教圏の行事であるクリスマスをどう位置づけ、どう受容すべきか。そんなテーマがながれています。ちなみに作者のハビブ・ベクタスさんは私が住むエアランゲン市という町の作家です。現在トルコに戻っていますが、1970年代から40年ほどこの町に住んでいました。
◆公に小さな「物語」が発表される値打ち
なんだかんだいって、人間は同じ言葉や価値観を持っている人と住むほうが楽なものです。しかし欧州社会において、「よそ者」を排除することは、個人の尊厳や人権という考え方に反する。それに現実を見ると、彼らと新しい社会秩序を作る必要性もあります。これを「多文化共生社会」とか「社会的統合」といった言葉で方向付けられるわけですね。
ところが、一般にそういう言葉を発する人たちというのは、実は「よそ者」が増えてもあまり問題のない状況で生活しています。経済的にも社会的地位という面でも、あえて「よそ者」と接触する必要がなく、付き合うとしても、ドイツ社会で成功した「よそ者」です。
それを考えると、実際のトルコ人家族がキリスト教文化とどのように接し、どのように受容するかという、社会の中で埋もれてしまいそうな小さな「物語」が、公に発表されることはとても重要です。